私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

テレビ

山田太一『終りに見た街』が帰ってきた

都心に通う生活者が暮らすようなベッドタウンに住む一家族。ある日、彼らは戦時下に家ごとタイムスリップした。主人公が幼いころに親しかった友人とその息子も何故かいっしょで、便利な生活に慣れきった彼らは戦時中に叩き込まれる。せっかく未来を知ってい…

特攻服を祭り上げるのは誰だ・『3年B組金八先生』(第2シリーズ)

ヒット映画や秀逸なドキュメンタリー番組により改めて特攻隊が注目を集めている。特攻隊というと筆者が思い出すのはテレビ『3年B組金八先生』の第2シリーズ(1980)で、特攻への言及が『金八先生』全体を貫く精神にもよくも悪くもつながっているように感じら…

浦沢義雄 発言(インタビュー)録(8)

言葉として好き、根拠なく嫌い ――『たまご和尚』などで、「同情が好き」というようなフレーズがありますが。

風吹ジュン × 山崎裕 トークショー レポート・『ラ・カチャダ』(2)

【作品について (2)】 山﨑「この作品(『ラ・カチャダ』〈2019〉)の前に劇団はひとつ舞台をやってたみたいです。その次に母親がテーマでもっと長い作品をやろうということで動き出した。既に少し始まっていたところに監督が参加して(ドキュメンタリー制作…

是枝裕和 トークショー レポート・『もう一つの教育 伊那小学校春組の記録』(3)

【ドキュメンタリーとローラ(2)】 『もう一つの教育 伊那小学校春組の記録』(1991)の後半には、ローラをもとの飼い主の方に戻すか戻さないかについての討議がある。

是枝裕和 トークショー レポート・『もう一つの教育 伊那小学校春組の記録』(2)

【伊那小学校春組の学習(2)】

是枝裕和 トークショー レポート・『もう一つの教育 伊那小学校春組の記録』(1)

最近は『ベイビーブローカー』(2022)や『怪物』(2023)などで知られる是枝裕和監督。是枝氏は20代のころに、長野県にある伊那小学校春組に2年半通ってドキュメンタリー『もう一つの教育 伊那小学校春組の記録』(1991)を撮った。

山田太一 インタビュー(2006)・『異人たちとの夏』(1)

山田太一原作のイギリス映画『異人たち』(2023)が公開された。原作となったファンタジー小説『異人たちとの夏』(新潮文庫)により山田先生は1988年度の山本周五郎賞を受賞。そのときの経緯のほか、ファンタジーなどに関して語られたインタビューが、2006…

寺田農 インタビュー(2011)・『仮面ライダーW』(2)

冴子なんて段々と落ちぶれて、街のホームレスになっていくんじゃないか、なんてことも実は親父としては心配なんだろうし、本当にあの家は悩みが絶えません(笑)。

寺田農 インタビュー(2011)・『仮面ライダーW』(1)

テレビ『仮面ライダーW』(2009)にて悪のボス・園咲琉兵衛を演じた寺田農。その怪人体のフィギュアが発売されたのを記念して、2011年に寺田のインタビューが石森プロのサイトに掲載された。寺田氏は2024年3月に逝去したので、追悼として以下に引用したい。

池端俊策 講演会 “脚本家の仕事” レポート・『麒麟がくる』(4)

【日本の立ち位置 (2)】 ドラマをつくるときは自分の生きている時代を意識したり吸収したりしながらつくる。人間は時代と切り離せないもので、社会と全く隔離されて生きるなんていうのはリアリティを持たない。その時代の中で犯罪や恋愛や家庭崩壊があったり…

池端俊策 講演会 “脚本家の仕事” レポート・『麒麟がくる』(3)

【明智光秀の人物像】

池端俊策 講演会 “脚本家の仕事” レポート・『麒麟がくる』(2)

【大河ドラマの企画段階 (2)】 そしたらプロデューサーは喫茶店の片隅で「(『麒麟がくる』〈2020〉の)光秀(明智光秀)役は誰ですか!?」。気が早いね(一同笑)。

池端俊策 講演会 “脚本家の仕事” レポート・『麒麟がくる』(1)

本能寺の変で織田信長を討った明智光秀。その生涯を描いた意欲的な大河ドラマ『麒麟がくる』(2020)。脚本を手がけた池端俊策氏は『昭和四十三年 大久保清の犯罪』(1983)や『仮の宿なるを』(1983)、『夏目漱石の妻』(2016)などでも知られる名匠である…

ほんとうに家族はいいものかしら・『今朝の秋』(2)

『今朝の秋』(1987)は脚本の山田太一にとって愛着のある作品のようでトークイベントでも自薦の1作として挙げて「家族全員の心は通っていない。でも最期だから芝居を、家族団欒の芝居をしようと」「(ラストシーンの)笠さんと杉村さんも、心が通っていない…

ほんとうに家族はいいものかしら・『今朝の秋』(1)

前妻(杉村春子)に男と去って行かれ、蓼科にてひとりで暮らす80代の主人公(笠智衆)。彼のもとへ息子(杉浦直樹)の妻(倍賞美津子)が訪れ、息子ががんで余命わずかだと告げる。息子とその妻は不仲で家庭は冷え切っていた。

山田太一脚本 × 鶴田浩二主演『シャツの店』メイキングを振り返る(2)

『シャツの店』(1986)の主人公はあくまで時代遅れでコミカルで、たしかに『男たちの旅路』シリーズのように作者の意図を越えてヒーロー化してしまう懸念はなさそうではある。しかしそれでも鶴田浩二の目つきやたたずまいにはかっこよさを感じさせるものが…

山田太一脚本 × 鶴田浩二主演『シャツの店』メイキングを振り返る(1)

任侠映画などで存在感を放った名優・鶴田浩二。その鶴田の遺作になったのが山田太一脚本によるテレビ『シャツの店』(1986)である。筆者は幼いころからこの作品をくり返し見ており、その制作過程を改めて振り返ってみたい。

古谷敏 × 桜井浩子 × 稲垣涌三 × 田中敦子 × 小中和哉 トークショー(飯島敏宏追悼上映)レポート(5)

【『ウルトラマン』の想い出 (2)】

古谷敏 × 桜井浩子 × 稲垣涌三 × 田中敦子 × 小中和哉 トークショー(飯島敏宏追悼上映)レポート(4)

【『ウルトラマン』の想い出 (1)】 古谷「俳優になったらやりたいポーズのひとつで、ジェームス・ディーンの『理由なき反抗』(1955)のときの構えるポーズ。東宝の俳優になっていつかはやりたいと。ウルトラマン役でできた(笑)。(飯島監督にそのことは)…

古谷敏 × 桜井浩子 × 稲垣涌三 × 田中敦子 × 小中和哉 トークショー(飯島敏宏追悼上映)レポート(3)

【特撮現場の飯島監督(2)】 『ウルトラマン』(1966)の第5話「ミロガンダの秘密」では植物怪獣が登場。 古谷「初日は目が見えなくて、なかなか慣れないし。カメラも35ミリででかいし、照明も熱かったしねえ。(最初の相手は)グリーンモンスで(植物怪獣…

古谷敏 × 桜井浩子 × 稲垣涌三 × 田中敦子 × 小中和哉 トークショー(飯島敏宏追悼上映)レポート(2)

【『ウルトラマン』での飯島監督】 『ウルトラマン』にて飯島監督は第2・3・5話をまず撮っていて、その3本はシリーズのクランク・インで第1話よりも先に制作された。 桜井「『ウルトラマン』になると毒蝮(毒蝮三太夫)さんと小林(小林昭二)キャップはTBS…

古谷敏 × 桜井浩子 × 稲垣涌三 × 田中敦子 × 小中和哉 トークショー(飯島敏宏追悼上映)レポート(1)

『ウルトラQ』(1966)、『ウルトラマン』(1966)などで監督・脚本を務めた飯島敏宏。2021年に逝去した飯島氏を追悼する上映とトークイベントが2022年12月に鶴川にて行われた。

岸部一徳 × 犬童一心 × 尾形敏朗 トークショー レポート・『病院で死ぬということ』(1)

がん告知を受けた患者たちは老夫婦(山内明、橋本妙)や働き盛りの男性(塩野谷正幸)など、さまざまな人びとがいる。医師(岸部一徳)は患者や家族たちと静かに語らう。

『ふぞろいの林檎たちⅤ/男たちの旅路〈オートバイ〉 山田太一未発表シナリオ集』が刊行

脚本家・作家の山田太一先生の未発表作品を集めた『ふぞろいの林檎たちⅤ/男たちの旅路〈オートバイ〉 山田太一未発表シナリオ集』(国書刊行会)が10月20日に発売されます。収録内容は『ふぞろいの林檎たちⅤ』『男たちの旅路 オートバイ』『今は港にいる二…

実相寺昭雄 メモリアルコンサート2022 “陰影礼讃、夢中遊行” レポート

昨年11月、池袋の自由学園にて “実相寺昭雄メモリアルコンサート2022 陰影礼讃、夢中遊行” が行われた。この自由学園明日香講堂は重要文化財だという。

三谷幸喜と西村雅彦(西村まさ彦)(2)

(承前)三谷幸喜と西村雅彦(西村まさ彦)との関係が、再度ぎくしゃくしたのがシリーズ第3作『古畑任三郎』(1999)の時期である。西村はレギュラーの今泉慎太郎役を演じていたが、三谷は「今泉のおもしろさが行き着くところまで行った」として退場させて、…

三谷幸喜と西村雅彦(西村まさ彦)(1)

舞台『笑の大学』(1996)の映像をふと見返していて、西村雅彦(西村まさ彦)の好演に改めて感嘆した。この戯曲を手がけた三谷幸喜と西村とは名コンビであったが、やがて袂を分かつような…微妙な形に至っている。

なんとなく、ミサイル・「どことなくなんとなく」「まるで世界」

「白い夜があった……」 1975年に発表された藤子・F・不二雄「どことなくなんとなく」は、同じ会社や同じ家族でも何かが違う…という恐怖短篇である(『箱舟はいっぱい』〈小学館文庫〉所収)。主人公は不思議な「白い夜」の夢を見て以来、日常に違和を覚える…

野沢尚と麻生千晶・『眠れる森』“抗議” 事件(2)

「この数年、地道にやってきた仕事に少しずつ評価がついてくるようになった一方で、鋭くこちらを揺り動かしてくれる放送批評にめぐり逢いたいと切実に思うようになった」(「新潮45」1999年2月号)