私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

池端俊策 講演会 “脚本家の仕事” レポート・『麒麟がくる』(3)

明智光秀の人物像】

 光秀というのは裏通りを歩く人だなと。歴史上、必ずそういう人がいる。足利尊氏もそうで、明治時代は国賊のように言われてた。後醍醐天皇を追い出して北朝天皇を立てた張本人ですからね。南北朝ができちゃって、不届きな人物だということでよく書いた本はまずなかった。でもその尊氏が室町時代の基礎を築いたし、ついていく人がいたんですね。ということは言うほど悪い人じゃないんですよ。悪い人に政権を委ねて、足利一族が200年間も政権を取るか。200年は長いですよ。その礎(いしずえ)を築いた人はどっかで偉いところがあるんだと。そういうふうに悪く言われてる人は面白かったりするんですよ。

 明智光秀も40歳まで何者かは誰も知らない。昔は40〜50で亡くなっちゃう。「人間五十年」という謡をやってますね。

 直感的に光秀は面白いと思ったんですね。光秀はあるパターンで片づけられて、信長を殺した暗くて悪い人と。そうじゃない光秀を何故書こうとするのかと自分に問いかける作業を、資料を勉強しながら1年間やって、人物像をつくるわけです。

 光秀は将軍の足利義昭と信長と、ふたりに仕えてた。大きい問題ですけど明智は源氏の流れを汲んでいた。信長は自分で平家だと言っていて、神官の血筋だけど平家だと。徳川家康は自分のことを源氏で新田義貞の流れを汲むと言ってる。足利と新田義貞はいっしょに鎌倉幕府を興した。日本人の中に流れている源氏と平家。日本は源氏と平家が代わる代わる政権を取ってたけど、どちらかと言うと源氏が優勢。だいたい源氏が政権を取ってた。それだけ源氏は仲間が多くて、関東は源氏。三谷(三谷幸喜)さんの『鎌倉殿の13人』(2022)を見ても北条は平氏で、だから平清盛源頼朝を北条に預けた。同じ平家だから大丈夫だと思って。そういう裏の流れが武士の世界にあるんですね。

 光秀も足利義昭も源氏でそれは、義昭は光秀を当てにする。信長は平家ですから。両方に仕えてて、最終的に光秀はおそらく足利を取った。同じ源氏だから。歴史学者でチーフで考証をやっていただいた先生も「池端さん、源平を抜きにしては考えられない。当時の武士は、最後は自分が何流かだ」と。桓武天皇は平家かとか、平家か源氏かに行き着くわけです。

 信長には道三のところからお嫁さんが行ってる。その道三の弟子筋が光秀ですから。信長といっしょに都へ出たのが40歳。光秀は信長によって世の中に出してもらったところがあるんです。本当はそうじゃないって説もあって光秀は既に都でいろいろと活躍してたというんだけど、それははっきりしない。光秀は信長といっしょに京都へ入って、足利を支えることになったわけですね。

 撮影中も通して疑問がぼくに向けられたのは、光秀ってそんなにかっこよくないじゃん?ということ。信長はかっこいいし、周りにも面白い人たちがいるけど肝腎の光秀はどっか中間にいる。ヒーローではないんだね。それは最初から言ってますよ。40で世の中に出てきた人間が一気にヒーローになれるわけがない。ヒーローの信長がいるわけだし、どうしても影は薄い。そういう役回りはどの時代にもいて、その人なりの魅力があるはずなんです。長谷川博己さんがしょっちゅう電話してきて、特に後半になると「ぼく、そんなにかっこよくないですよね」(一同笑)。信長も帰蝶も面白いんだけど、光秀はエアポケットに入ってるような。「いいの、ドラマの主人公はごはんで濃い味でなくていい。おかずは味があっていいけど、あなたはど真ん中にいて毎回出ているんだから飽きられちゃうよ。最後に本能寺があるんだから」って言って(一同笑)。あなた、我慢だよって。

【日本の立ち位置 (1)】

 『聖徳太子』(2001)を書いたときも思ったんですけど、古代から中国があって北朝鮮があってそことのやり取りがあって日本の政治は動いていた。文化も大陸から流れて来た。日本人は大陸からの流れでつくられてる。日本人はどの時代でもいまと同じような悩みを抱えてる。朝鮮半島新羅百済に分かれて戦って、その上に高句麗があった。高句麗はいまの北朝鮮。日本は新羅につくか、百済につくかで迷って百済についちゃう。百済は大負け。日本は百済の敗北に巻き込まれて、日本海が血の色になったというくらい日本の兵隊が死んでしまう。百済から来て日本に居着いた人の子孫がいまも日本に随分いるわけです。

 (光秀の時代も)中国があって、そこから鉄砲が伝来してくる。鉄砲を使って戦うと有利だぞって。鉄砲をたくさんつくるにはどうすればいいかとか、キリスト教の伝道師が来るとか、信長は面白がった。ヨーロッパの匂いを当時の武士や権力者たちは感じていた。朝廷は日本には八百万の神があるし、外交の文化が入ってくるのはどうよと喜ばない。信長はヨーロッパの文化を使えば有利だと考えたり、いまの日本とそんなに変わらないんじゃないか。日本は島国で左右を絶えず見回しながら、国を維持していかざるを得ない。そういうことを長谷川博己さんに言うんです(笑)。あなたは日本人なんだから周囲をいつも見回しながら、信長か足利か朝廷か、どこにつくか見回す心理状態。はっきり「おれは〇〇だ」と旗印を掲げる人はかっこいいけれども、それで国をまとめて平和を維持できますか。そういう光秀が自分にしっくり来る光秀像だったんですね。長谷川さんは最終的に「判りました」と。40話を過ぎたあたりからいろんな話がわっと来て、信長と決定的に争うことになって光秀が立ってくる。いままで我慢してた分、光秀が活きてきて劇的に見える。長谷川さんは「いいですね!」(一同笑)。最後の4話は、彼は乗りに乗ってやってましたね。信長を象徴する大木を夢の中で切るとか。(つづく