私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田太一

輿水泰弘 × 井土紀州 × 金子修介 トークショー レポート・『あなた買います』(2)

【『あなた買います』について (2)】

山田太一 講演会(フェリス・フェスティバル '83)(1983)(7)

SFについてどう思うかというご質問ですけれども…。

山田太一 講演会(フェリス・フェスティバル '83)(1983)(6)

学生時代、寺山修司と友達だったそうだけれども、彼についてどう思うかというお話でしたが…。 これは同級生だから知りあったんで、本当に自然発生的な友達ですよね。全然関係ない人間が求めあって、どこかで会ったというんじゃなくてね、同級生で仲良かった…

山田太一 講演会(フェリス・フェスティバル '83)(1983)(5)

演出家と脚本家の関係みたいなことについて、脚本家側からどう思うかということですが。で、どういう違いがあったか…。

山田太一 講演会(フェリス・フェスティバル '83)(1983)(4)

ピンク産業についてどう思うかということなんだけれども…。 今は鈍感を競い合うようなところがありますよね。男なんか特に鈍感だと男らしいと思われるところがあってね…。でも、大体セックスっていうのは哀しいもんていうのかな、離れてみると哀しいよね。ど…

山田太一 講演会(フェリス・フェスティバル '83)(1983)(3)

『早春スケッチブック』をご覧になった方には余計なことだけれども、小市民社会、僕も小市民社会の中で臆病に生きている人間ですけれども、そういうところで生きている人間の価値観みたいなものをね、テレビというのは実に批評しないわけですね。テレビを見…

山田太一 講演会(フェリス・フェスティバル '83)(1983)(2)

映画の場合当然だけれども、面白いか面白くないかということで判断するんですね。でも人間の事実の中ですばらしいけど面白くないものってものも、ものすごくあるわけですね。面白くないものは省いてしまう、描写できないってふうになっている。それから、ス…

山田太一 講演会(フェリス・フェスティバル '83)(1983)(1)

脚本家の山田太一先生が代表作のテレビ『早春スケッチブック』と『ふぞろいの林檎たち』を相次いで送り出した1983年に、フェリス女学院大学にて講演を行った(1983 年11月3日)。その記録を入手したので、以下に引用したい。用字・用語は可能な限り統一し、…

深町幸男演出 × 山田太一脚本『シャツの店』聖地巡礼(ロケ地探訪)- 目黒

鶴田浩二の遺作である傑作ドラマ『シャツの店』(1986)。セット撮影の多い作品だが、ロケもあった。1985年の秋に撮られているようで、34年後のロケ地訪問となる。 【目黒のアパート】 第2話

山田太一脚本『シャツの店』最終話をめぐる議論

八千草薫の追悼として『シャツの店』(1986)の最終話が再放送された(「あの日 あのとき あの番組」)。仕事ひと筋で時代遅れのシャツ職人(鶴田浩二)が妻や息子の反乱に遭ってとまどうさまを笑いとペーソスを交えて描いた傑作で、今回の再放送ではネット…

山田太一 インタビュー「人間に大事なものは論理より思想より、存在。」(1994)(3)

山田太一 インタビュー「人間に大事なものは論理より思想より、存在。」(1994)(2)

相手の身になるといっても、例えば兄弟でもお父さんでもお母さんでもいいんですけれども、おなかが痛いと言ったとしますね。ああ、痛いんだろうなというふうに思うことはできるけれども、自分も痛くなるわけにはいきません。相手の身にすっかりなることはで…

山田太一 インタビュー「人間に大事なものは論理より思想より、存在。」(1994)(1)

新課程用『新編国語Ⅰ』(筑摩書房)に脚本家・山田太一氏の「ふぞろいの林檎たちへ」が収録されている。その教科書に準拠したカセットテープが制作され、山田氏が高校生に向けて話している。

山田太一「向田作品のきらめき」(1981)

1981年から82年にかけて『向田邦子TV作品集』(大和書房)が刊行された(『阿修羅のごとく』『幸福』『冬の運動会』『家族熱』『蛇蝎のごとく』)。

山田太一 トークショー “生きがい探しシンポジウム”(1992)(3)

今も文化村(東京)の映画館でやっていますけれども、『髪結いの亭主』という映画、ごらんになりましたか。

山田太一 トークショー “生きがい探しシンポジウム”(1992)(2)

生きがいの基準がもしあるとすれば、僕はうんと下げるべきだと思うんです。人間は非常に弱い存在であることもあります。皆さんがこの会の予約をなさって予定通り今日ここに集まってきたなんてことは、奇跡と言えば奇跡なんですね。地震が起こればとんでもな…

山田太一 トークショー “生きがい探しシンポジウム”(1992)(1)

1992年3月15日、財団法人長寿社会開発センターと朝日新聞社の主催で“生きがい探しシンポジウム50歳からの選択”が開催された。

山田太一 トークショー “山田太一ドラマの名セリフと山田太一の愛した文学、哲学” レポート

東京・浅草は田原町の書店 “Readin' Writin'”にてイベント“山田太一ドラマの名セリフと山田太一の愛した文学、哲学”が行われた。脚本家の山田太一先生もシークレットゲストとして登場し、30分程度のトークがあった。

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(6)

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(5)

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(4)

山田 あの頃は、一生懸命働けばそろそろみんなにもマイホームが手に入るという時期になってきて、でもまだ入らない人も随分いたわけです。ですから「マイホームのために働いているんだ、文句言うな」と言えば、結構まだ通用した時代なんです。しかし、奥さん…

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(3)

山田 まだインテリというのが選ばれた人で、薫りがあるんです。まいったと思いました。そういう味わいは、ドラマでは味わいがなくてとても出せませんでしたけれども、いいものだなと思いました。中村光夫さんの『戦争まで』という、第二次大戦が始まるまで、…

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(2)

宗雪 たまたま“美しい日本人”という話が出ましたけれども、私どもの会社の近くに青南小学校があって、そこに「降る雪や明治は遠くなりにけり」という中村草田男さんの句碑があるんです。中村草田男さんは、青南小学校で先生をなさっていたんですが、あの人も…

対談 山田太一 × 宗雪雅幸 “日本人が失ってきたもの。これから培っていくべきもの”(1992)(1)

脚本家の山田太一先生が、富士写真フイルムの宗雪雅幸・専務取締役と対談した記事を入手した(「FGひろば」Vol.81)。「新春特別対談」と銘打っているものの、当然ながら対談は前年(1992年)の末に行われたとおぼしい。そこで標題は1992年のものということ…

山田太一 インタビュー “家庭の現状を偏見なく見てドラマに反映したい”(1978)

脚本家・山田太一氏の声価は、テレビ『男たちの旅路』シリーズ(1976〜1982)や『岸辺のアルバム』(1977)などによって、1970年代終わりに高まった。その時期に「若葉」紙に載ったインタビューを入手したので、以下に引用したい。「シリーズ 私の“素直な心”…

飯島敏宏 × 小倉一郎 × 仲雅美 トークショー(2017)レポート・『冬の雲』『それぞれの秋』(6)

【『それぞれの秋』(2)】 演出の井下靖央は、『それぞれの秋』(1973)により第14回日本放送作家協会賞演出者賞受賞。

飯島敏宏 × 小倉一郎 × 仲雅美 トークショー(2017)レポート・『冬の雲』『それぞれの秋』(5)

飯島敏宏 × 小倉一郎 × 仲雅美 トークショー(2017)レポート・『冬の雲』(3)

【木下惠介監督について (2)】 小倉「木下(木下惠介)さんは強かった。飲んでも変わらない。なんかのパーティのときに“一郎!”って呼ばれて、おかわりかな、でも入ってるなと思ってたら“おしっこ”って行っちゃう(一同笑)。

堀川とんこう × 中村克史 × 長谷正人 トークショー“山田太一ドラマの演出”レポート(3)

【『男たちの旅路/車輪の一歩』(2)】 中村「山田さんとつき合いのあった若者たちが稽古場へも来てくれて、車椅子から降りたらどうするかとか。少女(斉藤とも子)のアパートが階段になってるので、どうするか。匍匐前進みたいにするのを、稽古場で自らやっ…

堀川とんこう × 中村克史 × 長谷正人 トークショー“山田太一ドラマの演出”レポート(2)