私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田太一 講演会@いわき演劇鑑賞会(2003)

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 山田太一先生は、2003年に福島県いわき市にて講演を行なった。小説作品『異人たちとの夏』(新潮文庫)などについて述べられており、いまはなくなってしまったのでいわき市のサイトより引用したい(明らかな誤字は訂正した)。なお文中に「40代の終わり」とあるが、『異人たち』を構想したのは山田先生が50代前半のころのはずである。

 

 脚本家で作家の山田太一さんが4月20日、市生涯学習プラザで講演をした。いわき演劇鑑賞会の招きで、同会の総会終了後、ストーリーがひらめく不思議な瞬間のこと、ドラマや芝居の考え方などを語った。その内容をかいつまんで紹介する。

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 私的にも公的にも厳しかった時、銀座4丁目を歩いていたら、救いになるものを見たような気がした。何を見たのかはわからない。ほかのことを考えていたから、目だけで見ていた。地下鉄の階段を下りると浅草行きとあって。私のふるさとは浅草。とりあえず、浅草へ行こうと思った。行ったからといって、何かがあるわけではないのだが。

 締め切りが迫っているのにまっさらなままの小説を思いつくまでは浅草にいたいと思い、ビューホテルに部屋を取り、エディー・マーヒーの喜劇映画を見て、その後、木馬座で旅芸人の演劇を見た。型通りの人情ばなし。ななめ前を見ると、死んだころの父親に似た男性が座っていた。公私ともに非難されていた40代の終わり。だれも自分を肯定してくれる人はいなかった。死んだ父親なら「お前、まぁよくやっているよ」と、言ってくれるかもしれない。ここで現れて「よぉ」と言われたら、泣いちゃうかもと思った。

 83歳で死んだ父親を30歳で死んだことにして、ついでに母親も若くして死んだことにしよう。そしたら「書ける」と思った。小説(『異人たちとの夏』)の全体がぎゅっとできた。そういうことは妙なもの。

 私たちは真実だけで生きているわけではない。生きていくことは正義も悪もないのかもしれない。愛、真意があると思って生きている。

 ジョン・レノンは「イマジン」で国、民族、宗教なんてないと思うと平和が来るのではないかと歌っている。しかし、実際はそうはいかない。自分とは関係ない話は妙に納得してしまうが、そうではない。大きな話を小さな話に翻訳していくと、現実的、非現実的なことかがわかる。それをドラマにしていくことが大事だと思っている。

 現代、平穏であることが価値のある社会になっている。本音をしまいこんでいる平穏な日常。本音をしまいこんでいることもわからなくなってしまった。

 テレビは常識的になり、芝居(演劇)が生きている人の本音、本質に迫る。