私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

ヤン・ヨンヒ(梁英姫)× 荒井カオル(荒井香織)トークショー レポート・『スープとイデオロギー』(2)

済州島四・三事件の記憶 (2)】

ヤン「何でだ?と思って、母に訊いたんです。「オモニは日本生まれやから、済州島のことは知らんのかな?」って言うと「知らん知らん。行ったことない」。じゃ行ってみたいかと訊いたんです。母の親は済州出身でルーツはそこですから「残酷だし…」って、行ったことないわりには知ってるようなことを言う。「何で」「判るのや。ちょっとおったん」。ちょっとおったのか(一同笑)。「ちょっとだけ住んでたけど、聞かんとき聞かんとき」って、それが1999年ぐらい。他のことははっきり答えてくれる母が、済州島のことになると忘れたって言ったり住んでたって言ったり。なんか最近は韓国で政権も変わって、四・三事件についての報道とか調査とかも始まったらしいんやけどって話したら、父はふうんという感じだったんですけど、オモニは興味を示したり「触らんどき」って言ったり。済州にはええ想い出がないとか。韓国の話になると、最後にはとにかく「韓国は残酷」って言うんです。すごく差別的だなって。北朝鮮を支持する道を選んだから、反動として片方を否定しないといけない時代を生きた人なんですが、それにしてもそんなに嫌わなくてもええやんか。「日本も残酷だし、北朝鮮も残酷だし、国家ってみんな残酷ちゃうの? 」って言っても「あんたには判らん!」。それが民主化された韓国の話をしていったら、母もだんだん「そんなに変わったんかいな」って。済州島にちょっとおったってのはいつごろなのか、どういうことなのかと訊いたら「あのとき、おったんや」「四・三のときや」。日本で生まれたんだけど、原爆が落ちる数か月前に大阪大空襲があって、知り合いはみんな疎開しはったけど、在日は田舎に親戚がおらへんから多くは故郷に疎開した。母も焼夷弾が落ちてきて怖いから済州島に行って、3年ぐらい暮らしたら婚約者ができて、ここで一生暮らすのかなと思ったんだけど…という話を何年もかけてちょっとずつしてくれるようになりました。2009年に父が亡くなったんですが、その後で婚約者のいた話が具体的に出てきました。「アボジがいるとき、そんな話できひんやんか」って言うから、そんな昔の話って言ったら「男の人はそんなもんちゃう。あんたも気をつけや。昔の男の話聞いたら厭がるねん」(一同笑)。そんなもんかと思って、私も言わないようにしています。

 婚約者までいたということで、ひとりで聴くには特ダネすぎる。母もいつまで生きているか判らないし、家族の歴史を記録に遺して、平壌にいる孫とか曾孫とかに聞かせようと。記録をやっていると作品にならないかと思ってきて、でもオモニの証言だけでは材料が足りない。だらだら何年も撮っていたら、母もだんだん思い出すようになって、だけど長編映画は無理だから(『スープとイデオロギー』〈2022〉は)短編にしようかなとか客観的に思ってたんです」

 

【荒井氏の登場 (1)】

ヤン「悩んでるときに、2016年ぐらいに変な日本人が現れたわけですよ(一同笑)。私は、うちの母ちゃんが以前の映画にはない証言を始めていて撮ってるんだと。私より荒井のほうが、映画にすべきだと主張して。それでオモニに会いに行くと。挨拶ぐらいだと思ってて、会った途端に結婚すると言うとは思ってなかったんですよ(一同笑)」

 

 映像での荒井氏はミッキーマウスのTシャツ姿。

 

荒井「Tシャツは大好きで80枚ぐらい持ってるんですね。キャラクターのものがいっぱいあって、娘さんと結婚させてくださいという挨拶の場であんな格好をするつもりはなくて、熱いスープをつくられて、残暑の厳しい9月12日だったんですね」

ヤン「日にちまで覚えてる(一同笑)」

荒井「「熱いスープだから早く上着を脱ぎなさい」と4回ぐらい言われて着替えたんですね。たまたまあったのがあれで、あの日は鉄腕アトムミッキーマウスのを持ってました。「受けを取るために監督が仕込みで衣装を?」と言う人もいるんですが偶然です」

ヤン「私がいちばんびっくりしました。呆れたというか、撮りながら画面が揺れないように頑張ってました」

荒井「「チュチェ思想を信奉するお母さまのところで米帝の資本主義の権化みたいなTシャツを着るなんてあなたは無神経だ」って難詰してきた人がいるんですが(一同笑)偶然の産物で。彼女の『愛しきソナ』(2011)はソナちゃんっていう姪っ子が平壌にいて、その子を撮ったんですが、ソナちゃんがミッキーマウスの靴下を履いている」

ヤン「母が孫に送ったんですよ」

荒井「お土産の中にキティやミッキーマウスのグッズが入ってて、平壌で使ってる。それと偶然つながってしまった。ソナちゃんに合わせたわけじゃないんですけど、ドキュメンタリーの面白いところかなと思います」

愛しきソナ

愛しきソナ

  • ヤンヨンヒ
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ヤン「カメラを下ろして中断するのもなと思って撮ってたんですけど、あの日に長編にしよう、このふたりを撮りたいって決心したんですよ。このふたりの大人の対応というか、平和を維持するためにいらん話はお互いに一切しない。「オモニ、ほんとに将軍を信じてるんですか」とか「あんたも平壌に仕送りせなあかんで」とか言わない(一同笑)。ふたりとも外交官みたいで、こうやって平和は築かれる。何十年も大騒ぎして映画つくったりした自分が子どもっぽく思えて。その後で荒井は、私が行けないときもひとりで母に会いに行ってくれて。朝昼晩、母とごはんを食べて。母が私に対して語るより、荒井に向かって昔の話をするほうがいいインタビューになったんですよ。荒井も四・三の話を聴くために本をたくさん読んでくれて、素晴らしいインタビュアーになってくれました。母の子どものころのこととかいろんなことを質問してくれて、母も新しい家族に判ってもらいたくて一生懸命話して。私に喋るときは「昔のあれな」とか言って端折るんですけど、荒井にはちゃんと丁寧に喋る。長編いけるかもと」(つづく