
在日韓国人である自らの家族を描いてきたヤン・ヨンヒ(梁英姫)監督が、母を取り上げた『スープとイデオロギー』(2022)。母は済州島四・三事件の体験者でもあり、作中では事件についても語られ、その静かな生々しさは衝撃的である。2023年2月に高円寺で上映と、ヤン氏と夫でプロデューサーの荒井カオル(荒井香織)氏のトークがあった(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。
ヤン「去年(2022年)の1月に母が大阪で亡くなって、2月にマスコミ試写が始まって、4月にメディアのインタビューが始まりました。8月まで日本語でインタビューを受けて、8月に韓国に行って映画祭に行ったり。9月に韓国語でエッセイ(『カメラを止めて書きます』〈CUON〉)をガーッと書き終えて、10月から12月までは韓国語で取材を受けたり映画館でトークをしたり。日本の映画館はトークは20分くらいなんですね。10分だと舞台挨拶。韓国だとアートシネマは50分くれて、20分だと舞台挨拶、10分はありえないってことになってて(笑)。2時間ぐらい喋ってくださいってこともあって、お客さんもそのつもりで来てて、映画が2時間でトークも2時間とか。何が言いたいかっていうと去年はずっと喋ってましたってことです(笑)。
予定せずに3部作になってしまいました。『ディア・ピョンヤン』(2006)、『愛しきソナ』(2011)、『スープとイデオロギー』と家族ドキュメンタリーのシリーズみたいになると想定していなかったんですが。その前の『かぞくのくに』(2012)はフィクションと言ってあるんですが私の実体験で、宮崎美子さんの演じたお母さんがこの『スープとイデオロギー』に出てくる母で安藤サクラさんが私です。その『かぞくのくに』も入れれば4部作ですね」
ヤン「エッセイなどは書くほどにだんだん赤裸々になっていきます。最初にエッセイを出したときは兄たち家族に危害が及ばないか様子を見てたんですが、私も腹が座ってきて(笑)。世界中の作家が腹をくくって作品を出すわけですが、家族に危害が加わるというのはもちろんあってはいけない。人質があるような情況で作品を出すわけで、私も決心をするまで時間がちょっとかかっています。
荒井は同じ部屋に住んでるんですが、きょう起きての第一声が「きょうはぼくにもちょっと喋らせてね」(一同笑)。いつもふたりで出てきても、私がわっと喋って「もう時間です」となるので、きょうは荒井にもたくさん喋ってもらおうと思います。
私と母はすごく似ています。ポジティヴで、私もうつ病になってひどい時期もあったんですけど、いまの苦しいところから解放されたいと思って、抜け出しかけたときに『かぞくのくに』を作ったんですけど。バーンアウト、燃え尽き症候群だったと思うんですけど、ポジティヴで保ちました。すごくよく食べてよく寝るのも似ています」
【済州島四・三事件の記憶 (1)】
ヤン「『スープとイデオロギー』は10年近くかかって、他の作品と(制作が)かぶった時期もあります。
私自身が済州島四・三事件を知ったのは1998年ぐらいにアメリカで、なんです。アメリカに勉強しに行ってるときに、ニューヨークにある大学院に行くちょっと前に、英語の先生が自分の家に私を連れてってくれて、ジューイッシュ(ユダヤ人)の旦那さんが家にいらして。アジア系じゃないご夫婦なんですが、旦那さんに私のことを「お兄さんは北朝鮮にいて、ご両親は南出身らしいのよ」って紹介して。その旦那さんは歴史学者を目指していて大学院まで終わったのに、歴史研究をつづけるには経済的に難しいとかあって株のディーラーになった人(笑)。朝起きて午前中はパソコンに向かってディーラーをやって、昼のランチ以降はワイズマンの映画に出てくるニューヨーク・パブリック・ライブラリーに行って、1日も欠かさずに歴史の本を読むのが日課っていう。その旦那さんが「親御さんは南のどこの出身なんだね?」って訊くから「済州島」って答えたら「虐殺があった島だね」。私はそんなの朝鮮学校でも家でも聞いたことないと思って、歴史をよく知らないアメリカ人が光州と間違ってんだなって勘違いして、80年代の光州事件のことですねって言ったら「いやいや、それじゃない。もっと昔、朝鮮戦争より前に済州島で虐殺があったんだよ。調べてみなさい」って言われて、それでもこの人が間違ってると思ってたんです。帰って調べたら出てきて、なんじゃこれは。
1999年ぐらいに大阪に帰ったときに父に訊いて、そこからが始まりなんです。父は1942年に日本に渡ってきて、虐殺は1948年ですから。父は大阪に渡った後で、1度も韓国へ行けなくなる。総連のほうにつながる生き方を選ぶので、親の死に目にも帰っていません。だから父は虐殺を見ていなくて、親戚とか幼なじみとか大阪にいるけど「その話はあんまりせえへんほうがいいなあ」って言うんです」(つづく)


