私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山根貞男 × 鈴木一誌 × 瀧本多加志 トークショー レポート・『日本映画作品大事典』(2)

【監督インデックスと作品解説(2)】

山根「ぼくが最初に呼ばれて、三省堂で鈴木さんとふたりで話したときは監督で仕分けるしかないと思ってました。すると編集部が牧野省三とか黒澤明とか書いたカードをつくってくれたんです。鈴木さんと会議室で、この監督は重要だとか分けて。監督の格付けではなくて選別するために重要度のグループをつくったほうがいいだろうと。するとDあたりがいっぱいあった」

瀧本「SABCくらいまでは、完成するまで中身は変わってないです。Dランクは大きく変わって、作品をどうノミネートするかという議論でDランクの監督が少数になったり多数になったり収縮を繰り返した」

山根「500人の監督を選ぶとき300人にフィルモグラフィーがついて200人は代表作だけ、という案も出てきたんですが、それもおかしいんじゃないかということになって。落とすのではなく作品事典にしようというところに戻っていって、全部入れよう」

鈴木「Dランクというのはプログラム・ピクチャー、娯楽映画の監督ですね。230本撮っちゃってるんで、監督をひとり落とすと作品の収録ががばっと落ちてしまう。この事典の二重構造の特徴というのは、作家の名のもとに作品を仕分けしていく。作品を載せたいからDランクの監督を残したという側面もありますね」

山根「それがついて回ったんです。2001年につくっときゃよかったんですが20年間やってると作品が増えていくわけですね。それも当然入れるべきで、監督項目も立つ。監督が重要だからじゃなくて、作品を拾うべきだから監督の名前も入る。増えていく一方でした」

鈴木「作家的なところと作品的なところとの矛盾が、Dランクで噴出する形で露呈していったという。この事典の不思議なのは作家主義批判になっているところで、それが福島さんの深い企みなのかな(笑)」

山根「いつもそのバランスを考えてました。2万本近い作品が入ってますけど、同じように扱うことはできなくて作品によって強弱はつけていい。それがまた大変でした。例えば小津安二郎の映画の『晩春』(1950)は多分いちばん多いランク(の行数)です。それに対して日活の青春映画は大変短い。それでも内容解説は必ずつける。ぼくは昔から古い映画を調べるとき、「キネマ旬報」の大鑑を古本屋で買ったかで持っててそれを見るんですが、作品のところに「現代劇」か「時代劇」って書いてあるだけでどういう映画か中身はさっぱり判らない。だから最低の字数でいいから全作品に解説をつけるというのは、ぼくは最初からこだわって」 

山根「そして鈴木さんがおっしゃったようにプログラムピクチャーを切り捨てない。会社が映画館を維持するためにばんばん量産していた映画です。1950年代が映画の黄金時代で、ほとんどのお客さんはそれを見ていて、それを載せないのはおかしいと。ただ1本の映画でも20字では意味を成さない」

鈴木「ぼくはブックデザインをやりながら何項目か書いてるんですね。小澤啓一黒沢清小沼勝澤井信一郎田中徳三中島貞夫舛田利雄ですけど。書いてみて判ったんですが小澤啓一はDランクですね」

山根「渡哲也の無頼シリーズとかの」

鈴木「困っちゃって小澤啓一の監督解説の中に「アウトローと市井を往還しうる渡哲也という俳優を得て、無頼シリーズ以降も一匹狼の孤独を的確な視覚効果で描き、いわゆる日活ニューアクションの一角をなす」と書いておいたら、後であらすじが書きやすくなる。渡哲也が出てくる度にいちいち「アウトローと市井を往還しうる」俳優と書かなきゃいけなくなるというのが作品主義の落とし穴で、こうやって解説に作家論的なパースペクティブをひとこと入れておく。そうしないとあらすじを40字では書けないというのがあって。監督解説の中で1行かなり乱暴に規定してしまってあらすじを書いていった。そうしないと90分を40字で書くというのは…」

山根「執筆を担当してくださった方にいちばん苦労かけたところです。お願いするときに、この作品を200字に収めてくださいと。200字だと俳優さんの名前も解説の中に入れています。「沓掛時次郎(中村錦之助)」とか。細かい約束があって執筆者に示す。

 ぼくがこの作品はこの字数と細かく言っても、執筆者が違った解釈を持つ場合もあって、総体としてその監督の占める行数をはみ出さなければ結構ですと。ある作品は200字、ある作品は100字とぼくが考えていても、執筆者の考えでそれを逆にしてもらってもかまいませんと。両方200字なら増えてしまいますが。

 何人かの方がどうしても自分の評価や印象を書いちゃうわけです。ぼくが頼まれてもそうなると思いますが。事典の原稿ですからあなたの印象は書かないでくださいと言うんだけど、それはめちゃくちゃ難しい。鈴木さんのアウトローが何とかも主観性かも判らないけど客観性の形を持つわけで、その場合はいい。だけどこの映画は大変面白かったというのはやめてくださいと。喧嘩になることがいっぱいありました」

鈴木「傑作だとか代表作だとか書くなと言われました」

山根「傑作だ代表作だというのも時代によって変わっちゃう。もっと客観的な基準で、戦前の映画だったら見てもいないですが「評価が高かった」とか。それはかまわない。でもねえ(笑)」

鈴木「現在的な評価と公開当時の評価をどう合体させるかということですね」

山根「ぼくはいまも映画を見てそれについて文章を書いています。編集部の方があるとき、この事典で評価をするとき映画評論家の山根貞男の判断はやめてくださいと。それは当然だと思うんだけど、どうしても出ちゃう。自分で自分を縛る。勉強になりました。いまの時代の判断と、山中貞雄が1930年代に撮ったときのどうだったのかとは全く違う。いつも考えないといけないなと」(つづく