私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山根貞男 × 寺田農 × 岡島尚志 トークショー レポート・『日本映画作品大事典』(3)

【事典制作の裏側 (3)】

寺田「分冊でなく1冊というのがね。『家庭の医学』(主婦の友社)ではないけれども(笑)決して高いものではない。どこから読んでも面白い」

山根「面白く書いてるわけではないんですが(一同笑)面白くなってるのかな」

寺田無人島に持ってく1冊で昔は聖書とか『古事記』とかって言ったけど、これからはこの大事典。まくらにもなるし(笑)。ただただ山根さんはえらい」

山根「執筆者がえらいですよ。この項目は60字で書いてくださいとかぼくが言うわけですが、自分だったらそんな短い字数は無理だよと。みなさん我慢してやってくださった。ぼくもいっぱい書いてますけど大変でした。100字だったら『細雪』(1983)の四人姉妹のそれぞれに何が起こったか書けませんね。縁談がもつれ合ってとか抽象的だけど、書かないよりはいいか。『細雪』の2回目の映画化ですとかデータ的なことも書かないといけないし、みなさんやってくださって」

寺田「役名も大変ですよね。大石内蔵助だったら5文字使っちゃう。国名なんて費用対効果が悪いですね。ニュージーランドとか」

山根ニュージーランドの何とかっていう浜辺に新婚旅行に行ったとか、それだけで…(一同笑)。ニュージーランドだけで8文字ですけど南方の国とか書くわけにもいかない」

寺田「そう考えると仏国と書いてフランスと読むというのはらくですね」

山根「事典には制作会社も書いてあるわけです。『男はつらいよ』(1969)は松竹で、2文字で済む。しかし近年の映画の多くは製作委員会。編集部の人と相談して、委員会だけじゃ何だか判らないので加盟している会社の名前を全部載っけてます。ときどき判らないのもありましたけど。ソニーエンターテインメントとか長い(笑)。会社だけで5、6行使っちゃう。その分を解説のほうに字数を割けたらいいんですけど、事典ですからこの映画をどういう会社がつくったかも重要なことであると。この事典をやるまで考えたこともなかったですけど」

岡島「1960年ぐらいから世界中の映画制作国で過去をきちんとリストにしようという動きが出てきた感じですね。アメリカでも1960年代から目録にし始めたんですけど、10年ごとに1930年代、1940年代、1950年代ってずっと本にして発行していったんですね。学生も含めてたくさんの執筆者が書いて、1971年から発行が始まって完結したのが1993年ぐらい。やはり22年くらいかかっています。映画はつくられつづけるので、1997年に資金不足で発行ができなくなる。アメリカにも制作会社の名前の長さの問題があって、略字にしても難しい。あれこれあって最終的にはオンラインで更新してくしかないとなったのが2000年代に入ってから。

 この事典のすごいところはコンパクトな形に入れ込もうという意志がすごいですね。重いけれども持って行けるサイズです。アメリカはぎゅっとしないでつくって、その後でオンラインに載せたんですけど。この事典は新しい基礎になって今後にいろんな展開があると思います」

山根「最初から1冊とは思ってたんですけど、どんな本になるのか予想がつかない。数を調べるところから始まって、いろんな案も出たんですけど。戦前編と戦後編に分けることもできるけど、単純に戦後編は買われて戦前のはあまり買われないだろうと。

 だけど今回やってみて判ったのは、戦前の日本映画はいい。見てない映画がほとんどなんですけど、資料を調べてるだけで判る。ぼくも日本映画についてずっとやってきたつもりですけど、改めて戦前のものについて再確認したって言うと変ですけど。この事典を何かの拍子に読んでみてくださるといいなと。きっかけというかね、調べる目的をまず当たって、ついでにその後でずるずる広まっていくといい。内容見本のパンフレットに佐藤浩市さんに書いてもらったら、後輩に日本映画を発見してもらいたいと。ぼく自身が編集しながら発見していったと思います」

 

【写真について】

山根「こないだ、この事典の唯一の不満は映画の事典なのに写真が1点もないと言われたんです。その人には悪いから反論しませんでしたけど、最初から写真は入れない方針で考えてました。映画が1万9500本入っていて、例えば黒澤明だけは写真を入れるというのは絶対ダメ。とにかく有名な監督だから入れるという区別は一切しない。写真を入れるなら全作品入れる。すると1万9500枚の写真を入れたらいまの倍くらいの厚さになるわけです。スチールを映画会社に頼むと1枚は1万3000円。価格も倍くらいになってしまう。あらゆることを考えて、中途半端に入れるのはやめよう。デザイナーも全く同意見で入れてない。われわれなりに相談した結果で、それと受け止める側とが違うのはしょうがない」

岡島「共通していてアメリカ映画の書誌でも写真は1点も使ってないです。チェコの分厚い映画カタログでも使われていません。イタリアの全作品リストでもないです。多分同じ理由だと思いますね。この人は入れるっていうのが不公平だし、お金がかかりすぎるっていうのがあるのかと」

寺田「映画という文化にもかかわらず映像が一枚も使われていないという現象は面白いね」

山根「スチールと画面とは全然違いますね。写真はストップで動いてもいない。動いてる画面を入れられるわけもないし。スチールは、スチール撮りといって、また別に撮るんですね。資料としては入れるに値しないかな」

寺田「山根さんが言われたように、若いころはスチール撮りって時間が別にありましたよ。昔はスチールのために止まって、同じような芝居をしたんですよ。のちの映画館に宣伝のために貼ってありましたよ」(つづく