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向田邦子終戦特別企画(演出:久世光彦)全作品レビュー (1)

 故・向田邦子の遺した小説・エッセイをもとに、1985年から2001年まで継続した “向田邦子新春シリーズ” 。そちらと並行して、同じTBSのスペシャルドラマ枠で1995年の夏に “向田邦子終戦特別企画” がスタート。新春シリーズと同じく向田作品からヒントを得て創作するというスタイルであった。演出は同じく久世光彦でキャストも新春シリーズとやや重なる。

 新春シリーズに比べると目立たない感もあるけれども、リアルタイムで見ていた筆者には印象深いものがあり、夏が来る前にレビューしてみようと思い立った。以下は筆者個人の感想で、やや否定的なものも混じりますがご了承ください。

 

Pre『思い出トランプ』(1990)脚本:寺内小春

 結婚して6年後、夫(小林薫)が愛人(洞口依子)をつくった。姑(加藤治子)は、そのことをわざと主人公(田中裕子)の耳に入るように仕向ける。そして不幸な事故が起こるのだった。 

 1月の新春シリーズが丸6年つづく一方で夏に初めて向田原案 × 久世演出のドラマが制作された(放送は9月だが)。“向田邦子直木賞十周年記念ドラマ” と銘打って受賞作の『思い出トランプ』(新潮文庫)が映像化されたわけだが、生誕でも没後でもなく受賞十周年というのも妙な気がするので、久世光彦は何か理由をつけて新春シリーズとは違う枠組みで向田ドラマを撮ってみたかったということかもしれない。

 開戦直前あたりの時代が舞台の新春シリーズとは異なり時は現代、いつも母娘の田中裕子と加藤治子が嫁姑役に配されている。音楽も定番の「過ぎ去りし日々」(小林亜星)ではない曲が使われた。鮮烈な印象をもたらす佳篇で脚色(寺内小春)も善戦しているけれども、短篇をまとめたものであるゆえ繋ぎはなんとなくぎこちない

 終戦ドラマの要素はなくとも夏のシリーズの前哨戦とも言うべき存在であろう。筆者は、他の作品はすべてリアルタイムで見ているのだが、これは初見である。

 

1.『いつか見た青い空』(1995)脚本:山元清多  

 東京・目黒に暮らす母(岸惠子)と娘(清水美砂戸田菜穂、林美穂)たち一家。長男(筒井道隆)は出征していた。家へは母の昔の知り合いという女(江波杏子)が何故か時おりやってきて我が物顔に振る舞う。その女と母との関係は…。

 岸惠子が母親役、清水美砂が長女役という布陣による “向田邦子終戦特別企画” がスタート。新春シリーズの田中裕子と加藤治子は不在だけれども脇を固める面々は結構重複していて、主題曲は同じ「過ぎ去りし日々」で、ナレーションも同じく黒柳徹子。ロケ地も恒例の池上本門寺が使われた。

 脚本は『ムー』(1977)や『刑事ヨロシク』(1982)などで久世と組んだ山元清多が執筆。

 母の中の炎、兄妹の近親相姦的な関係など過去の作品で見たような要素が目立つが、やはり終戦ドラマという舞台装置で描かれると異色ぶりが際立つ。幼いころにリアルタイムで見た筆者にもカルト的な印象を残した。

 挿入歌に「子を頌う」がさりげなく使われるあたり、さすがあの時代を知るつくり手。この時点では久世にシリーズ化のつもりはなかったらしく「もう終戦ドラマは撮らない」と言明していた。戦後50年のこの年だけという心積もりだったのかもしれない。

 この翌1996年3月に、漱石の名作で遊んだ底抜けに馬鹿馬鹿しいコメディドラマ『坊っちゃんちゃん』が放送された。同じ久世演出 × 山元脚本で清水美砂もマドンナ役で登場しており、振り幅の大きさには驚かされる。

 

2.『言うなかれ、君よ別れを』(1996)脚本:山元清多

 目黒に住む一家(岸惠子清水美砂戸田菜穂田畑智子)の前に、ビルマで戦死した父親を知るという男(小林薫)が現れる。父親に受けた恩義ゆえに一家を守ると言い出す男を、長女(清水)は怪しむ。

 第1作の好評により制作された2作目では、岸・清水コンビをはじめ戸田や椎名桔平といった新春シリーズとはやや異なる顔ぶれのキャスト、その一方で新春シリーズ常連である小林薫の加入、物語が1945年の早春に始まり8月15日に完結するパターン、詩が引用されてラストでナレーター(黒柳)が朗読するなど、フォーマットが完成。

 クライマックスの婚礼のシーンにて岸惠子小林薫が「戦友別盃の歌」を吟ずるシーンは素晴らしいが、他にも小林演じる男が嵐を戦火と勘違いする件り、ラストの岸の号泣など名場面が続出。シリーズ最高傑作とも言うべき冴えを見せた。「戦友別盃の歌」は久世の『卑弥呼』(新潮文庫)などでも言及されており、その並々ならぬ思い入れが伺える。

 末の娘役に田畑智子が初参加。田畑はこの後新春シリーズにもレギュラーで登場し、主演映画『お引越し』(1993)のファンであった筆者は夢中に(笑)。(つづく

 

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