

沖縄の崖で主人公の男(岡田将生)は義理の両親を突き落として殺害。その所業を偶然に撮影した少年少女(羽村仁成、星乃あんな、前出燿志)は、強請って大金を得ようと企む。
『ゴールド・ボーイ』(2024)は中国の小説『悪童たち』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を沖縄に置き換えて映画化した異色のスリラー。筆者は予備知識なく見たので、後半の展開には驚いた。2024年4月、上映後に監督の金子修介、脚本の港岳彦の両氏のトークが行われ、打越遥役の花澄氏もゲストとして登壇した(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。
【原作と脚色 (1)】
金子「かつていっしょにやった『百年の時計』(2013)の挨拶を(同じ)テアトル新宿でやって、それからもう10年以上で感慨無量です」
港「完成版を初めて見ました。編集中のは見てて、ばたばたしてきょうやっと見られました(笑)」
金子「原作を最初に読みまして、原作では中国の名跡みたいな山の崖から突き落とすけど、そういう崖が日本にはないだろうと。それで沖縄の海の崖っていうふうに公式的には言ったんですけど。
でもいちばん問題だったのは、映画をもうごらんになった人の前だから言えるんですけど、朝陽(羽村)のお父さんの再婚相手の娘が原作では8歳ぐらいの厭な女の子で、物語の3分の1で突き落として殺しちゃう。読んでるとやめてくれってくらいの表現で、そこは避けて通れない。ただ映画にするのは日本では難しくて、港岳彦くんじゃないとまとまらないんじゃないかと思って連絡したんですよ。まず港岳彦は空いてるかな、空いててもやるだろうかみたいな感じで電話してお願いしたというのが最初(笑)」
港「映画だと物語が始まる前に朝陽の犯す殺人は既に起きていたっていうことに。原作のように殺すのは、監督がいまおっしゃっていたように物語の主人公として単純に感情移入できない。小説ではそういうことをやってしまう少年の精神状態を徹底的に掘り下げていくので成り立っているんですね。ただそれは映画では難しいので、脚色でいちばん頭を悩ませたというか、これどうすんべっていう。ただ前に起きていたことにすれば、そういう奴なんだと。そういう奴が先輩に出会ったという図式にすればいいと」
金子「小説は買っていたけど読んでなかった?」
港「『悪童たち』ってすごく話題になっていて、Kindleで買っていつか読もうと。中国は怒涛の変化を遂げている国で、そこでノワールが生まれたというのは読まなきゃって」
金子「電話を受けてから読んだと」
港「ああ持ってます、みたいな」
金子「日本に置き換える場合(舞台は)都会じゃないだろうと。川崎にしようか、熊谷にしようか、沖縄にしようか」
港「雑にくくると、ヒッポホップが盛んな街(笑)」
金子「沖縄っていうのは予算もかかるし、せめぎ合いがあって。ビジュアル的に海から始まりたいから沖縄にしたいというのがすごくあったんですけど。川崎でもいけるかな(笑)」
港「中国や台湾の文化で、お墓参りのときに料理を食べて紙幣を燃やす。それが沖縄にもあるって打ち合わせで聞いて、決定的に沖縄だと思いました」
金子「写真を燃やすって原作にもあったよね」
港「毎年写真を撮って燃やすと天国の父親が見てくれるってのは原作通りですね」
金子「そういう風習が沖縄にある」
港「打ち合わせ中に「沖縄にもありますよ、それ」みたいな。あと5~6年前に流れた企画で沖縄を取材してて、この映画の舞台が沖縄になればシナリオハンティングに行けるかな。沖縄を推しまくりましたけど、シナリオハンティングは行かなくていいって(笑)」
金子「日本だとこういう事件があると必ず「週刊文春」が現れてとても逃げ切れない(笑)。中国だとそういうのがないんですよね。マスコミは権力を持ってないから。沖縄の地域性で何とかなるかなと」
港「ただもし実際に起きたら、沖縄の新聞はバリバリ攻撃するスタイルなので、台詞にもちょっと入れたんですけど。だからファンタジーとしての沖縄っていうふうにしましたね」(つづく)

