

【『春への憧れ』】
『春への憧れ』(1984)は当時の最新鋭のカメラのプロモーション映像。モーツァルトの曲に合わせて奈良の風景が流れ、台詞なしでクラシック音楽が主題という、『東京幻夢』と似たトーンの作品である。実相寺昭雄監督は、
「前年『波の盆』のときに使用した、池上のEC-三五というカメラのデモンストレーションの仕事をした。パビックの後藤勝彦さんからきた話だ」「二月堂のお水取りを中心に、早春の大和路をイメエジ・スケッチした。主軸は音楽で、それに合せて画面をつないだ。児玉美佐子さんに弾いて貰い、モーツァルトの『デュポールの主題による変奏曲』を基調にした」と回想する(『夜ごとの円盤』〈大和書房〉)。
油谷「監督は技術革新について興味が深く、意識の高い人だったです。『春への憧れ』はEC-35という池上通信機の開発したカメラ、Electric cinématographeの略です。そのカメラはどういう表現ができるかアピールするために映像をつくってくださいという話が監督のところに来た」
プロデュースの後藤勝彦氏が発言。
後藤「『波の盆』(1983)のときに提供したカメラの評判がよくて、海外からも問い合わせがあったりしたんで。池上通信機の専務の人にたまたま会ったときに、プロモーションビデオをつくったらどう?って言ったら、それまでにそんなこと言われたことないと。案を持っていきますからと言って、帰って夜に監督のうちに電話しました。「パビックの後藤ですが」って言うと原(夫人の原知佐子)さんが出て、ぼくは「お母さん?」って言っちゃったんですよ。原さんは「バカ野郎!」(一同笑)。それで監督に例のカメラのプロモーションビデオをつくってくれないかって言ったら「何だそれ」。でも「判ったよ」。
翌日に会社に行きましたら、デスクの人間が「ジッソー監督が封筒を持ってきましたよ」と。何だろうと思って開けてみたら、譜面なんですよ。モーツァルトの譜面。五線譜のいちばん下の隙間に文章が書いてある。さあ、どうやってスポンサーに説明したらいいか。監督は(TBS時代に)1年上でしたから、口答えはできませんから「これ何」とは言えないわけですよ。そのまま譜面を持って、池上通信機の専務のところに行きました。
「企画書ができました」
「そうか」
譜面を渡したら返事がない。専務はまじまじと見て「よくわからん。でもきみには世話になったから任せる」ということで「ありがとうございます」と帰って来ました。監督に「OKもらったんで、できますか」って言ったら「いいよ」。京都に行って、春のお水取りを撮ると。ビデオカメラにとっていちばん難しい画なんですよ。青ざめたんですけど、見事に上手く撮ってくれました。助かりましたね」
中堀「奈良に行ったときに(撮影期間は3日間で)3月12日がお水取りで、2日間は別のものが撮れる時間があった。これにはシナリオなんかなくて、あの音楽の拍子に合わせてカットしてる。そのこともぼくは聞いてなかったけど、ただ『春への憧れ』だから、お水取りがあって春が来るから、その前に冬がなくちゃいけないと思ってた。初日に起きたら雪がちらちら降ってきて、監督は「おれは寒いから行かない。お前撮って来い」って(笑)。3時間で近所を駆けずり回って、撮りまくった。偶然、雪が降ったからできるだけ撮っちゃえ。監督は、その間に寝てた(笑)。
雪を取り終えてひと安心して、お土産屋のところに行って片っ端から撮った。
ただお寺とかお土産の間に入ってくるのは、近鉄特急がずーっと行く(映像)。お寺から出て来たところにがんと音を入れて特急ってのは、近代的な文化を否定してるんだよね。あんなところに特急を走らさないで、昔の遺構を掘り起こしてほしいと思ってる」
後藤「(実相寺監督が多数手がけた)『オーケストラがやって来た』(1983)で私は音の担当で、編集で顔見せないと怒られる。「後藤はどこ行った!」って監督は怒鳴り込んで来ますから。あるとき、ぽつんと「ごち、音はいいよなあ。ちゃんとつながってるから」。
最初、意味がわかんなかったんですよ。
「映像はな、なかなかつながらないんだよ」
ぼくは大学で音響工学の勉強をしていて、人間の五感の勉強。視覚と聴覚の違い。
「監督、視覚も残像があるからつながりますよ」
って言ったら、
「いや、おれが言ってることは違うんだ。音楽は途中で切ったりできないんだよ。でも映像はカットがあるんだよ」
そこで話が終わっちゃったんですよ。でもきょう見ていたら、中堀さんが撮った映像ですけどスチール、いわゆる止まっている画がないんですよ。葉っぱが動いてる、雪が降ってくる、雨が降ってくる、誰かが動いてる。ほとんど止まってない。音楽に合わせて、音楽のように映像をつくっていくときに、止まってないという主張だと思います。ぼくにひとこと言った、音は切れないけど画はつなげるのがものすごく難しいというのを思い出しました」
中堀「後藤さんが言ったように止まってない。いま聞いてびっくりしたんだけど。カメラがフィックスで、フォーカスを送って動いたりしてるように見えるところもあるけど」
後藤「『東京幻夢』(1986)でも同じなんですね。フィックスの画はほとんどなくて、止まったかなと思うと人が動く。きょう初めて『東京幻夢』を見たんだけど、監督が言ったのはこういうことだったのか」
油谷「後藤さんのおっしゃったことは、私も初めて聞いて腑に落ちました。雑駁に言ってしまうと、『春への憧れ』にしても『東京幻夢』にしても音楽から発想してる。音楽があって画が生まれて来てるというのが判りやすいですね」


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