私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

中堀正夫 × 北浦嗣巳 × 碓井広義 × 後藤勝彦 × 油谷岩夫 トークショー レポート・『波の盆』(3)

【『波の盆』のカメラ (2)】

後藤「ビデオカメラはフィルムよりコントラストをとるのが難しいんです。フィルムは白飛びといって白く綺麗につぶれてくれるけど、ビデオの場合は汚れてしまう。それでぼくは久しぶりに(『波の盆』〈1983〉を)見たんですけど、うち(株式会社パビック)のスタッフもよく頑張ったし、よくこんなぎりぎりのカメラを使ってコントラストをキープしてくれたなと思って。いまのテレビドラマよりはるかにいい、というか人間の目に近い。4Kだとか5Kだとか解像度のことを言いますよね。それはデータのことですから、人間の目とあまり関係ないんですよ。いま大きい画面で映写してもレベルの高い画だと思ってます」

中堀「このカメラはシネマトグラファーというぐらいで映画のカメラ。でかい弁当箱みたいで真四角で、昔のミッチェルと同じくらいの大きさ。三脚じゃなくて三角台っていうしっかりしたものを使って撮る。だから手持ちで人間の体をまたいで上から撮るとかは、やってやれないことでもないけどそういうことをするカメラではない。画はいつも安定してる」

後藤「画角は、全部は監督の指示ではないですよね? 中堀さんの画」

中堀「監督は午前10時にならないと(現場に)来ないけど、スタッフは8時には行ってるから。監督の来る前にいろいろ調べといて、来てから「こうで」「いいよ」ってなったり、違うって言われて直したり。『ウルトラマン』(1966)のときからやってて、監督の画のつくり方は判ってきてる。こう言われたらこう変えるとか。

 亡くなるまで、いつも必ず先に(現場に)行って構えて「いいですか」と。(他の作品で)特に問題ないときでもわざと「カメラを180度ひっくり返せ」とか言い出すときがあって「天地逆なんですけど」「そういう画をつくれ」。そういうこと言い出す人だったけど、負けずに頑張る(笑)。監督のときは思い切っていろんなことができる」

後藤「監督は無理は言うけど、違う日に謝りに来る。「ごめんな」「でもやってくれよな」。あるとき「あのカメラはいくらするんだ」って。いや別に言って言ったら「そうか。おれは株主だからな。買っていいよ」(笑)」

中堀「『帝都物語』(1988)のときにいちばんでっかいスタジオだったけど、ナイトシーンで広い画が撮れない。だから上のライトを画面に入れて、レンズ前にワセリンを塗って星みたいに。監督は「いいんじゃないの」。ほんとにいいのかって思ったけど(笑)」

【『波の盆』の撮影現場 (1)】

碓井「(ハワイのロケでは)舞台のひとつになっていて日系の原源照先生がご住職をされているラハイナ浄土院をベース基地にして、日系1世のおじいちゃんおばあちゃんがまだお元気で炊き出しをしてくださったんですね。笠さんもいらして、われわれスタッフも日本食が嬉しくて毎日、浄土院でごはんを食べていました。

 ドラマが出来上がってもハワイではなかなか見てもらうことができなくて、自分が自腹で当時のビデオテープを持って行って、浄土院に日系のおじいちゃんおばあちゃんに集まってもらって上映会をして、喜んでくださいました。それから毎年35年間、浄土院に通いつづけてきたんですね。ところでコロナで4年間、盆ダンスも精霊流しもできませんでした。私もマウイに行けなくて、今年ようやく原源照先生から4年ぶりにやると連絡をいただいて7月に行ってきました。その1か月後に大火事があって、全部焼けてしまったんですね。ただ幸い原源照ご夫妻はお元気でいらっしゃる。いつか再建したいとおっしゃっています。『波の盆』で見られたような本堂や大仏が甦ったらいいなと。きょうの上映会のこともメールで原先生にはお伝えあります」

中堀「(冒頭で)飛行機が降りてくるカットで、B29が攻撃してくるようなシーンにしたいから滑走路のど真ん中から撮りたいって言ったら、監督は「任せたから1時間やるからその間に撮って来い」。滑走路の終わりが台形でそこから道が下がってた。そこに隠れて重りを置いて動かないようにする。グアムでジャンボを撮ったことがあって、3人で押さえてても飛行機が出発するときの噴射はすごくてカメラが浮いちゃうんですよ。だからひとりのときは重りを置いてたけど、飛行機(のパイロット)が下手でセンターに来なかったり。急に控えてる飛行機がいい加減なもので、ガーっと出てきてセンターに入ってきて、しょうがないから撮ったら、カメラを担いだまんま、ばーんと吹き飛ばされちゃった。40ぐらいでそんなに若くもないけど、カメラを担いだまま体操の選手みたいに一回転(一同笑)。カメラのボディはちょっと傾いたかな。日本に2台しかないカメラで、もしボディがダメだったら撮影は終わっちゃうから」

北浦「最初は許可がなかなか降りなかったです、危険だから。でもまあ強引に行っちゃった。

中堀「夫婦ふたりでハワイの病院跡の廃屋みたいなところにいて、黄色い花が咲いてて、広島でお父さんとお母さんが亡くなる。現場で太陽が上手の壁に木漏れ日があって、原爆の跡みたいに」

油谷「そういうふうに見えましたよね」

中堀「余計なものを撮るとまた怒られるから監督が来る前に撮っちゃえ。監督が来て「何撮ってんだよ」「もうちょっとだけ撮らせてください」って」(つづく