マルキ・ド・サドの原作を実相寺昭雄監督が映画化した『悪徳の栄え』(1988)。主演級の侯爵役は、実相寺作品に多数登場した清水綋治が演じている。
2018年12月の実相寺監督13回忌に『悪徳』のリバイバル上映と、清水氏と撮影の中堀正夫氏とのトークショーが行われた(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。
中堀「寺田(寺田農)さんとおれと清水さんと1歳ずつ違うんですよ。昭和17年、18年、19年生まれ。ぎりぎり戦前ですよね」
清水「久しぶりに見て、これはがまん比べだなあと(一同笑)。その世界にずぼんと入ってしまえるものは、そんなにたくさんあるわけじゃない。ぼくはこの作品に出ているときも素晴らしいとばかり思ってやってたわけではなくて、何だよこれはとか(一同笑)。この下品なのやめないかとか。
(脚本の)岸田理生って人はアングラ系の作家ですね。アングラ系の突破の仕方、下品なやり方でアプローチする。美徳とか悪徳とか日本人になじまないものだし、違う捉え方が日本にはあるんだろうけど。優れた作家が下品な捉え方でいじった。それならやってみようじゃないかということで出来上がったんだろうし。実相寺昭雄が、あれが美しいと思ってるのかというと眉唾もので。いただけるものをいただこうということなんだと思う。
実相寺は不思議な作家で、名作を撮ろうなんて思ってなかった。おれが愉しめばいいとか、人にショックを与えようとか。おれはこう感じてるというのを提示していく。奇人であり変人ですけど、純な思いなのかもしれない人形の撮り方とか、普通照れるんじゃないのって思うけど、よく照れないで撮るなってところもある。シャイなところもあるけど、シャイならこんな映画撮らないだろうってところも。
これは3週間かからないで撮った? セットの池谷(池谷仙克)さんも牛(牛場賢二)さんも中堀さんも、あのセットのろうそくの明かりの中でっていうのは、このチームじゃないとできない。どっから撮っても絵になる」
中堀「テーブルに鏡を張ったんですね。監督は考えてなかったけど、面白かったから」
清水「ぼくは芝居に関してはダメ出しはなかったけど。判ってやってたかというと、判ってないところもあるし。美徳を言葉で追求したって。見てても、どこまでやるのってあるはずだよね(笑)。こんな作品撮ったのは実相寺しかいないだろうって思いますね。あれだけ凝って、すごい力だろうし。
ワインは本物のロマネ・コンティ(笑)。日活の普通の社員食堂で撮ったけど、逆光で(笑)。
難しい映画だよね。これを名作だなんて思えねえもん(一同笑)。人を泣かせようなんて思ってない。観念的で、こうしたほうが面白いって観客を引っ張ってる」
中堀「この映画でも簡単な言いたいことがあったはずですけど。隠されてますよね」
清水「そうだよ、照れ屋というか。でも恥ずかしげもなく人形撮ったり。役者より人形に肩入れしてる。二枚目の役者に焦点を当てたら、もっと観客は惹かれますよ。そうすれば侯爵の台詞も具体的に描かれて、もっと人はついてくる。それが観念的なところばかり撮ってる」
【現場でのエピソード(1)】
中堀「コンテを見ていて、世界中でいちばん移動撮影がうまいのは実相寺昭雄だと思いました。
おれは極端に言うと画を撮るのが大事で、他のことは考えてないんですよ。(コンテが)あれだけきちっと書いてあったら編集しなくていい。カメラが対称的に動くとか。岡本喜八さんはコンテを絵で描いてた。実相寺監督は、絵は描かないけど、文章で台詞の思いとかカメラの動きに入れ込んでくる。クレーンとか移動はフランス映画からですね」
実相寺監督が初めて演出したドラマは『おかあさん』の「あなたを呼ぶ声」(1962)。中堀氏は参加していない。
中堀「TBSの『おかあさん』では360度のセットをつくったんですよ。カメラをぐるぐる回して、その間にセットを飾り変えて2周するんですよ。(脚本の)大島渚さんは7シーン書いたんですよ。池内淳子さんがいろんな街を歩く。普通はロケを7箇所やるけど、外に出るの厭だしワンカットでやるぞと。レンズ前でいろんな人を動かして、人混みの中に見える。カメラが回ってるとは思わない」
清水「ヌーヴェル・ヴァーグだよね」
清水氏と実相寺監督との出会いはテレビ時代劇『風』(1967)の「走れ新十郎」。
清水「京都の太秦で、親父が大映のプロデューサーをやってて。長谷川(長谷川一夫)先生の『鳴門秘帖』で若さまをやったり、俳優座の養成所を受けたけど、『風』の話が来た。わけわかんない監督が、逆光でブランコ乗ってるおれのちょんまげ姿を撮ると(笑)」(つづく)