私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

志水季里子 × 中堀正夫 × 後藤勝彦 × 油谷岩夫 トークショー レポート・『東京幻夢』(1)

 東京の片隅で昔ながらの写真館を営む男(堀内正美)。谷中や根岸をさまよい、古ぼけた洋館などを撮影する男の視界に謎の女(志水季里子)が現れて、男は翻弄される。

 実相寺昭雄監督の短編映画『東京幻夢』(1986)は、台詞はなくベートーベンの「クロイツェル・ソナタ」が流れる不思議譚である。2023年11月に『東京幻夢』と『春への憧れ』(1984)の上映と主演・志水季里子氏や撮影・中堀正夫氏らのトークが行われた(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 

ニッカウヰスキーのCM】

 志水氏は映画『ラブホテル』(1985)や『マルサの女』(1987)などで知られ、実相寺監督との出会いは『マルサ』撮影前後のCMだという。

 

志水「実相寺監督はコマーシャルを撮っていらして、ニッカシードルワインに出させていただいたのが初めて。(事前に)お会いすることもなく、現場のスタジオで初めてお会いしたという。普通キャスティングするときは面接というか…。でも何もなくコマーシャル界では知られてもない私を指名してくださってびっくりしました。2、3人の候補はあったようなんですけど。私が西村昭五郎監督の日活ロマンポルノの作品『女教師は二度犯される』(1983)というのに厭々出たんですけど(笑)実相寺監督がそれを見て「映画芸術」で絶賛してくださったんですね。私、「映画芸術」も買っておりましたから。その流れで呼んでいただいたんだと思います。

 現場で監督がつたつたって寄っていらっしゃって「やっと会えましたね」って言ってくださったんですね。そうなんだと(笑)。

「志水さん、お酒は大丈夫ですか」

「はい、大丈夫です」

「じゃシードルワイン、そのまま出しますので、それを飲んで撮影します」

 俯瞰からと平行からと何度も撮って、こちら(中堀氏)がご存じでしょうけど。13本飲んじゃったんですね(笑)。炭酸なのでお腹が蛙みたいになっちゃって。「志水さん、情事の後かお風呂上がりかミックスした感じで演じてください」って言われました。30秒と60秒と何バージョンかありました。1984~1986年は結構働いてました」

中堀「ニッカのCMにかかったのは1985年から。シードル(を撮ったの)は1986年の頭かな」

志水「監督は何もおっしゃらないんですね。30秒、好きに動いてくれということで、何していいのか判らない(笑)。動いたりしていろいろ撮りました。部屋のセットが狭かったですね。動き回るにしてもぐるぐる回るぐらいしかない」

中堀「セットはわざと狭めてました。畳2枚ぐらいを平台の上に乗っけて、ぼくは天井に登って(カメラを)回しつづけてました。相当回したと思います。撮ってて全然飽きなかった。俯瞰からのしか使ってない。ぼくも好きな作品のひとつですよね。記憶の中ではこのシードルが『東京幻夢』より後かと思ってた」

志水「ナレーションは山崎努さんだったんですね。この前に『マルサの女』で共演してるんですよ。後日「あのときの私です」って。山崎さんともご縁があったんですね。

 この前に外人の方を使って海外で撮られてましたよね(キャスリーンバトル)。360度回って素晴らしい映像でした。

 たまたま2日ぐらい前に断捨離をしてまして、引っ越そうかと思って。年賀状も片づけていたら、実相寺監督の年賀状とはがきが4枚出てきました。初めていただいたのが黒人の方のコマーシャルを撮られていたフランスからです。『東京幻夢』を撮った後でフランスに行かれて。よかったって誉めていただきました。びっくりしました」

中堀「ニッカの仕事でフランスに行ったのは1986年。そのときにはがきが来たんですよね。1987年に2回目にフランスへ行ってる」

【『東京幻夢』(1)】

 普及の始まったハイビジョンの可能性を探求するためのデモンストレーション映像を、と依頼された実相寺監督は『東京幻夢』を撮った。「NVS研究会の依頼で、話を持ってきてくれたのは下村善二である。NHKのクルーと、私の属するコダイ(実相寺監督の制作会社)のスタッフとの共同作業でやった。 自分の好きな映像をスケッチして、たのしかった」「ベートーヴェンのクロイツェル•ソナタの第一楽章をそっくり使った。数住岸子さんと藤井一興さんに演奏して貰った」と述懐(『夜ごとの円盤』〈大和書房〉)。脚本も実相寺監督が執筆している。

油谷「『東京幻夢』は1986年でハイビジョンがスタートしたばかりで、いまの感覚のカメラと違って、でっかい中継車みたいなのを停めてそれからケーブルを延々引っ張って。根津あたりの現場を見学に行きましたけど、実に大変なものでしたね。たくさんのスタッフがいて、カメラと中継車とが離れざるを得ないところもあったりして。この経験があったことで、翌年に撮った『帝都物語』(1988)のいくつかのシーンはハイビジョンです」

志水「『東京幻夢』はモノクロかと思っていたら、カラーでした(笑)。記憶が定かでないんですけど。台本も記憶にないです。

 『東京幻夢』で堀内さんと再会したんですね。名古屋時代にNHKのラジオで兄妹役をやったんですよ。堀内さんが名古屋へいらっしゃって、私は妹役。『東京幻夢』でも「お兄ちゃん!」って。ご縁ですね」(つづく

 

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