私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

原恵一 トークショー レポート・『カラフル』(2)

【学生時代と就職】

「親が映画好きだったっていうのもあって、ぼくが子どものころ、テレビで毎日いろんなテレビ局で日替わりで、主にアメリカ映画をやってたんですよ。吹き替え版でね。それを毎日、親といっしょに見ていて、映画にはまっていった。

 高校出てどうしようかと思ったときに、ほんとは美術系の大学とか行ければいいんだけど、絵の勉強も学業も真面目にやってなかったから、どこにも入れないかな。たまたま専門学校の雑誌を立ち読みした中に「アニメーション」って書いてあるのを見つけて、えっと思った。それまで自分がアニメの仕事をしたいとか思ってなかったんですけど「アニメーション」という字がやけに新鮮に思えたんですよ。東京デザイナー学院っていう御茶ノ水にいまもある専門学校に、アニメーション科があった。ここへ行こう、絵を描くの好きだし。専門学校に入った当時、古い映画を2〜3本立てで安く見せる名画座があっちこっちにあって「ぴあ」「シティロード」を頼りに通って、子どものころに見て印象に残っている映画を見て。学校2年目からはアパートで暮らすようになったので、学校がない日とか土日は名画座めぐり。スケジュール立てて、朝はあそこに行って、何時に終わったらあそことか。それだけの青春でした(笑)。悲しくなったときもあるよ。何で映画ばっかり見てるんだろう。みんな恋愛とか愉しそうなのに。でもいまになってみるとそれがプラスになっていて、無駄なものはないんだなと思います(笑)」

カラフル

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  • 冨澤風斗
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「ぼくが専門学校に入った時期は、日本のアニメはいまみたいな活況を呈してなくて低迷期だった。新入社員とかあまり採らなかったんですね。就職口がなくて、卒業のときに就職課に行っても貼られているのは聞いたこともないプロダクションで、給料は5万とか7万。それじゃ自分でチャンスをつくるしかないと。東京ムービー(現トムス・エンタテインメント)の作品がすごく好きだったんで、『ど根性ガエル』とか『ガンバの冒険』とか。だからそこに入れてもらおうと、月1か週1でスタジオツアーがあってそこに紛れ込んで。『ルパン三世』の最後のシリーズをやっていたスタジオで監督を紹介されて、ここの会社に入るために何かしようと思っていたのでツアーを脱出して監督さんと話して。入りたいんですってお願いして、熱っぽく言ったと思うんだけど、その監督さんは偉くてアフレコ台本を渡してきて「絵コンテ描いて来なよ、見てやるから」って。よっしゃと、アパートで必死に絵コンテ描いて。しょっちゅう電話して、当時は電話は高くて部屋になくて、持っている奴も仲間内にいなかったんで、公衆電話で呼び出してもらって「いまいません」。何度もかけて、じゃあ何日の何時に。持って行ったら相手は「ほんとに描いて来ると思わなかった」って(笑)。ろくに見てくれなかったけど、熱意は伝わったんだろうね。監督は「ぼくはフリーランスだから、きみをこの会社に入れる権限はないんだよ」って(笑)。でも若手をほしがってるのがあったら連絡するからって。そのときはダメかと失望感が大きかった。

 しばらくしたらその人、御厨恭輔さんから往復はがきが届いた。電話がないから。アニメじゃないけどCMの会社が若手をほしがってるからって、アニメじゃなくて良ければ紹介すると。CMはいまと違って、かっこいいのをつくってた時代だったんですよ。商品を見せるんじゃなくて、企業イメージをアピールするために海外ロケをたくさんしたり。ああ、CMもいいな。面接に行って採用されて、働くことになったんですけど。小さい会社でそんなにかっこよくもなく、文房具やラーメンのCMとかPR映画とか。だんだん虚しくなってきて、結局はCMってクライアントありきで、演出家のクリエイティビティは求められない。求められる人も一部にいただろうけど、ぼくらのやってるのはそんなのなくて、代理店やクライアントがあーだこーだ言って厭になってきた。ある日、社長に呼ばれて、自分でもちゃんと仕事してない自覚があったんで怒られるんだなと思って行ったら「きみ仕事が愉しくないんじゃないか」って。ああ判るんだ。「きみはやっぱりアニメをやりたいんじゃないの」って。その社長が虫プロとかでもともとアニメの制作をやってた人なんで「ぼくの知り合いにシンエイ動画の人がいるから紹介してやるよ」って紹介してくれて、それでいまに至る(笑)。その社長はものすごく素敵だなって思ってるんだけど、やる気がないから馘って言ってもよかったのに。おれ、そんな優しいこと人に言えるかなっていまでも思ってるよ。辞めるときに社長からノートをもらって、その最初のページにメッセージがあって。おれなりにそこそこ真面目に働いてたつもりだったんですよ。伝わるんだな、誰も見てないからって適当なことをやっちゃいけない。その社長と御厨さんは大恩人ですね」つづく