【撮影現場 (2)】
『ラブホテル』(1985)でふたりが再会する埠頭の夜のシーンは、かなり暗い中での長回し。
寺田「ぼくは全然泳げない。速水さんは高所恐怖症(一同笑)」
だから相米慎二監督はわざわざ、ふたりが怖くなるような埠頭のシーンを考えたのだとか。以前の『ションベンライダー』(1983)では寺田さんが死ぬシーンで、水が苦手なのを判っていてわざと川で死んでいる設定にしたと永瀬正敏が回想していた。
寺田「アパートでのふたりのシーンで、ああでもない、こうでもないとこだわってたら、いつまで経っても(撮影が)始まらない。照明の熊谷(熊谷秀夫)さんは、昼のつもりで準備してたのにリハーサルしてたら夜になっちゃって、慌てて夜のライティング。で、リハーサルしてたら朝になって、今度は朝のライティング(一同笑)」
志水「昼前に着いて、アパートの前のロケバスでずっと待ってるけど、いつまで経ってもアパートのシーンが終わらない。中で何やってるのかな~なんて言いながら待ってて。あと、そこにリスがいましたね」
寺田「ネズミじゃないの(一同笑)」
志水「それで次の日の昼まで待って、結局化粧したまま24時間待ちました(一同笑)」
榎戸「とにかく金がなかったので、部屋も借りられなくて、ロケバスで待っていただきました。(拘束時間は)全部で36時間くらいじゃないかな」
速水「横からのタクシーのシーンを撮るのに、ドアを外して撮ってるんです。窓を閉める演技をしてるんだけど、ほんとはドアがなかった。あのころはオートロックじゃなくて、手動なんですね。いまは赤電話じゃなくて携帯だし(笑)。ここにいるのも30年後の私たち(笑)」
序盤のふたりの出会いのシーンで、村木が名美の服をナイフで剥ぐシーンがある。
寺田「本物の刃物なんです。ああいうのは、切るこっちも厭なもんだし、切られる速水さんも厭だよね」
速水「本物だけに服がよく切れましたね~(一同笑) 後であざが残っちゃって。2年後(の設定)なのにまだあざがあって」
中盤では村木が名美の不倫相手(益富信孝)の家に乗り込み、その妻(中川梨絵)をナイフで脅すシーンがある。
寺田「中川梨絵さんを襲うシーンでもほんとにあたって、かかとのあたりから血が出ちゃって」
志水「アキレス腱切ったって聞きましたけど」
寺田「…アキレス腱はさすがにないだろ(一同笑)」
ラストシーンは名美と妻、村木をめぐるふたりの女がすれ違い、そこへ桜吹雪やお面をかぶった子どもたちがなだれ込むという幻想的なもの。桜吹雪はかたまりでどさっと降っているが、OKになってしまったという。
榎戸「ラストシーンの子どもたちはエキストラでなく、近くの保育園の子。とてもエキストラを呼ぶ金がなかった。(ロマンポルノに)どう言って出てもらったのか(一同笑)」
【演技指導】
相米監督は若い俳優への厳しい指導でも知られる。薬師丸ひろ子、永瀬正敏、佐藤浩市、工藤夕貴、斉藤由貴、牧瀬里穂、田畑智子などが大変だった撮影をそれぞれ証言していた。常連である寺田さんは、そのさまを相米監督の傍らでずっと見てきた。
寺田「(相米は)女優にものすごく厳しい。でも男には寛大。あるとき何でって訊いたら「男は軟弱だから、女は強ええからよ」って」
寺田「ぼくは演技については文句言われなかったんですが、長い付き合いで、演技にダメ出しされたことが一回だけあって、それが『ラブホテル』。名美がアパートの前で待ってるシーンで、ぼくが雨の中を駆けてくる。雨を降らせてたら、パトカーは来るし、近隣住民も迷惑だし。速水さんは泣いちゃうし。で、思わず優しく台詞を言ったら、相米が「農さん、そりゃねえだろう」って」
榎戸「もっと、ぶっきらぼうにと。相米さんって大体優しい言い方しないですよね」
寺田「あれはあいつの性癖っていうか、その言い方を実践してるんだね(一同笑)」
榎戸「(笑)それだけ、俳優さんの芝居を細かく見ていたんですね」
寺田「演技については、あいつはずるいから言わない。若い女優さんに言うのでも、自分で言わずに「農さん、ほら言ってやれよ」って。でもこっちもそのまま言わずに、わざと全然違うことを言ったりして、それで演技に変化をつけたり」
志水「そういえば、私の台詞に独特の間があるって監督に言われましたね」
寺田「なるほど、そうかも」
速水「でも寺田さんもそうですよ。だいたい、パンを両手で食べる男の人ってあんまりいないですよ。かわいい(一同笑)」
寺田「そうか(笑)」
榎戸「リハーサルも、こんな雰囲気でしたね(笑)」
終了後に外でコーヒーを買ってから、次の回を見るためにまた劇場へ戻る際、エレベーターで志水さんといっしょになった。志水さんは「速水さんと会うのも(撮影以来)二十何年ぶりだね」などと話しておられ、思わず「映画よかったです!」と言おうかと思ったが…やめておいた。