

【『波の盆』の撮影現場 (2)】
『波の盆』(1983)のラストの灯籠は印象深いが、実はハワイでなく日本で撮影されたという。
中堀「あの灯籠はあんだけつくって流しても(ハワイから)太平洋に絶対出ないんですよ。リーフに引っかかって沈んじゃう。ロケハンで調べてあって。
倉本(倉本聰)さんは、クランクインする1週間前にハワイにいっしょに来ていたんですね。夜の打ち合わせに必ず出てきていろんな話をしたけど、ぼくらはあの灯籠は流れていかないって言っても、倉本さんは「いや日本で撮りたくない。全部ハワイで」って。だって流れていかないですよ(一同笑)。スポンサーが西武だったんで、灯籠流しは箱根の西武のホテルに泊まって、そこで夜に撮ろうと。日本へ帰るのを見送るシーンも箱根で撮ってます。倉本さんはそういうことを一切してほしくないって言うけど。
灯籠を流すのは芦ノ湖なんですけど、灯籠はつないであって先頭で美術の池谷(池谷仙克)さんがボートで漕いで引っ張ってる。撮ってるうちに、あの灯籠が何だか日本列島に見えてきた。長いカットを使ってくれてるけど、こんなことが起きるんだな」
【笠智衆について】
主演の笠智衆は当時79歳。この少し前に倉本脚本『北の国から'83冬』(1983)にも出演していた。
中堀「ハワイに行く前に碓井さんは毎日、大船の笠さんの家に通ってたんですよ」
碓井「最初、お受けくださったんですけど、よく考えたらこれ大変だぞ、無理だって言い出したんですよ。吉川(吉川正澄)プロデューサーのところに連絡が来て「碓井、行ってこい」って。笠さんは「ごめんね。やりたかったけど、自分の体力では無理だ」っておっしゃって。吉川プロデューサーにお願いしたら、当時の医師会会長の武見太郎さんに連絡が行ったんです。武見さんに大船のあたりならあの先生がいいって直電を入れていただいて、ぼくも笠さんといっしょに病院通い。それで体調を整えていただいて。医師会会長まで動かしちゃったんで、笠さんもやるっきゃねえやっていう(一同笑)」
北浦「最初のシーンは笠さんのワンカットですね。総スケ(総合スケジュール)を見てたら日活の第10ステージで撮る予定になってるんですよ。あれ、何でハワイの廃屋で撮ったんだろうと。倉本さんがハワイで撮るんだって言ったから、向こうへ行ってからそういうことになったのかな。
吉川さんの部屋にみんなで集まって、実相寺(実相寺昭雄)さんや服部(服部光則)さんと。そこで倉本さんは「このシーンはワンカットだよね」って言い出して(笑)。シナリオで6ページぐらいあるんだけど。もうハワイで撮ることは決まってたんですね。これは大変だと思って、笠さんの部屋に行って、
「申しわけございません。このシーンをワンカットでいきたいっていうふうに監督と倉本さんが言ってるんですけど、大丈夫でしょうか」
「うーん。あ、そう」
ちょっと考えて、
「判った」
ばたんとドアを閉めた。その間の記憶がない(笑)。笠さんはちょっと驚いた感じがあったんだけども、扉を閉めちゃった」
碓井「最初の長いシーンがスタジオの予定だったのは、笠さんの体調に配慮されたんだと思うんですよ。だけど倉本先生が無茶を言い、監督も「それいいね」って言っちゃったもんだから、笠さんも後に引けなくなって(一同笑)。笠さんはいつも口癖で「これが最後の作品だから」って。あのワンカットもやっちゃうと決意をされて、臨んでいらっしゃいました」
中堀「ワンテイクで。
ひとりで手紙を読むシーンは、ぼくと笠さんしか現場にいないんですよ。笠さんと準備しているときに、
「中堀さん、これ切手貼ってないよ」
「貼ってなくていいですよ」
「内緒だよ」
スイッチが入ってなくて、向こうには聞こえてない(笑)。
笠さんは毎朝台本を読んでいるけど「覚えているのはここまで」。中間ぐらいまでしか覚えてなくて、あとは現場のスケジュールによって予定が出ると練習する。
ハワイでは走んなくていいのに走ってる。思わず「走んないでください!」って。奥さんに会いに行く場面とか」
【その他の発言】
『波の盆』の音楽は名匠・武満徹。娘の武満真樹氏が来られていて、客席から発言された。
中堀「武満さんの音楽は3曲しかなかったけど見事に合って。助けられましたね」
武満「最初に『波の盆』を見たのはリアルタイムで20代で、学生でした。きょう久しぶりに見て、歳をとったせいですけどものすごくジーンときてしまって(笑)。
ベルナルド・ベルトリッチの『1900年』(1976)が同じころで、父はその映画の音楽が大好きで朝から晩まで聴いてたんですよ。『波の盆』で珍しくロマンチックな音楽が出てきたんで「これベルトリッチの影響ね」って私がひとこと言ったら父がぶち切れた(一同笑)。多分その通りだからで、音楽家ってそういうところがあって。私、別に悪気はなかったんですけど父は「素人のくせに余計なこと言うな!」って言われた覚えがあります」
油谷「この作品では、わがままな人が集まって大変なものを残してくれましたね」


