【『花の乱』(3)】
三田「市川さんとファックスをやりとりしていて、生前に本にしたいねと言ってたんですが。2日ほど前に出てきたんです。最終回に近い興奮状態にあった私たちの心境が。20年ぶりです。
現場では、木田さんが憎らしくなっちゃって。連れ出して。日野富子が乗り移っちゃってたから、引っぱたきたいくらい。木田さんは冷静で、だから総局長になったんですよ(一同笑)」
鈴木「市川さんの3作の大河ドラマの集大成が『花の乱』だと思ったんですよ。『山河燃ゆ』はうつつばかりで夢はなし。今回はオリジナルで、市川さんが持っているものを思いっきりそそぎこんだと思うんです。演出家としてどう受けとめられましたか」
村上「室町末期は、夢幻能ができた時代なんですね。あの世とこの世とを自在に行き来する構造ができた。それが根底にあると思います。タイトルバックの橋は、能に出てくる橋がかり。その中に桜の舞いもあれば戦乱の鎧甲も出てくる。富子の原風景の椿の庄や滝も出てくる。黛りんたろうくんとふたりで静岡県の人取橋というところへ行って、人が来ないときに撮って。能のシテが渡ってくるのは、スタジオで撮った人を合成して乗っけたわけです。あの世とこの世は対立概念で、富子と義政の喧嘩、南と北の南北朝も対立してる。ゆえに混乱してる時代です。ちょうどバブルが終わって、阪神大震災やサリン事件の前というのを想定してる。いまの時代と室町は通じると、ふたりで話してました。タイトルバックから始めて、象徴して撮っていこうと。
悪女ということで言えば、義政が政治に見向きもしなくなって、富子が屋台骨を背負わなきゃいけない。だから財テクをやる。米の投機、敵味方関係なく高利で貸すとか、単に猛々しい女というだけでなく近代経済学的な、誰も考えつかなかったやり方で幕府を支えた。そういう背景があると思います。プラスして考えると、富子の性格が膨らんでくる。富子にはふたつの顔が見えてきて、だから主役もやりナレーションもやるんです」
鈴木「こういう場合は普通なら富子の主観のナレーション、モノローグですが、客観描写です」
三田「ナレーションは大変でした。自分としては不満足で、もっとこうやりたかったのにというのはありましたけど。ただナレーションに至るまで挑戦的だったのは、市川さんやスタッフが先駆けてたということ。一般の視聴者には難しかった。でも大河史上に残る。『花の乱』は捨て置けない、若手も市川新之助くんや松たか子ちゃん、松岡昌宏くんもみんな16歳でした。そういう人たちが最前線で活躍していて、それも『花の乱』の残したものだと思っています。団十郎さんともいい出会いをさせていただいて、病気したときも心配してくださって、私より先にいなくなっちゃって残念ですけど」
村上「市川さんとの大河は異色で、らくな仕事はしていない。これからの大河ドラマでも、市川さん以外の人が出てきて新しい作品をつくってほしいと思いますね」
鈴木「『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』(中公新書)では、まえがきで『花の乱』に触れてるんですね。ドラマとしてよくできていたが、視聴率が悪くてお気の毒だったと」
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木田「『平清盛』(2012)が塗り替えてくれるまで、大河ドラマではいちばん悪い視聴率だったと(笑)。ただ視聴者の再放送希望が多かったです。1回はまっちゃった人は容易なことで抜け出られない。NHKオンデマンドでも視聴者数が多かった。市川崑さんも面白いと言ってくださってました。日曜の夜に不穏な感じは放送総局長的にどうかなとは思うんですが(笑)スタッフも出演者も誰もやったことのないドラマをつくろうと毎日励みました。
市川さんのイメージが実現困難で、最初に原稿もらって読むと、このまま印刷してみなさんに渡すのかと(笑)。毎回企みとイメージにあふれていて、市川さん、書いていて愉しかったようです。市川さんは書くのが遅い方で、先輩からサポートに入ってくれる脚本家をさがさないとって言われたんです。終わってみれば最終回までひとりで書かれて。速かったです、10日で1冊くらい。書きたいものを日野富子にそのまま仮託したのかなと、筆跡で判るんです。視聴率は厳しかったですが、三田さんが言われたように大河史上に残る作品で、関われてよかったと思います」
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木田「遺作の『蝶々さん』(2011)の台本のト書きが素晴らしいんですよ。原作を前に書かれたのもあるでしょうけど、台本に喚起力があって、透明感もある。読んだときには、いくばくもなく亡くなられると思ってなかったですが、市川さんはこんなに透明感の強い世界をとうとうつくっちゃうんだと思ったのを覚えています」
『花の乱』についてこれほど語られる機会は稀で、少年時代にリアルタイムで見ていたこちらとしては感慨無量だった。
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