
【音楽関連の仕事 (2)】
勝賀瀬「音楽は映画から自立しなければならないと(実相寺昭雄監督から)よく聞きました。伴奏とか劇伴ではなくて、組曲をつくってくださいと松下(松下功)さんにおっしゃっていました。映像を見せてこれに音楽つけてくれってのは横暴だって。ただひとつ例外は『波の盆』(1983)で、武満徹さんに映像を見せてくれてというのがあったので監督が撮ってから見せて、音楽がつくられたと。別個に音楽があって、それを映像に落とし込んでいくと学んだ気がします」
古林「実相寺の作品では効果音が音楽的、劇伴的に使われているんですね。音楽はいわゆる映画音楽としてじゃなくて組曲としてつくられて、一方でこまごまとしたドラマを伝えるのは効果音で、時計の音だったり心臓の音だったり街の音だったり。それを整音して使っていく。実相寺組の効果の方がずっといましたね」
北浦「音楽は自立したもので常に映像と対峙しているんだって言ってました。いつもはこういうイメージでって指定して先に音楽発注をして、後は現場でスコア見ながら打ち合わせをしたんですけど。『アリエッタ』(1989)は音楽をつくる予算がないので、過去の音楽を持って来てはめようと。パビックでMAをやったんですけど、どうするのかなって思ったら過去の音楽を持って来て「ここから流してここまで」。見事にはまるんですね。後で訊いたら、スコアからコンテを割ってると。そうやって決めてたようです」
古林「寺田(寺田農)さんがアダルトを撮ったとき、実相寺が音楽監督。選曲をやってましたね」
【その他の想い出】
勝賀瀬「実相寺監督のお祖父さまが長谷川清という海軍の人で、台湾総督で戦艦「長門」艦長の艦長も務めた。東京裁判で裁かれて、友だちが多いから無罪放免で帰って来たんですが、実相寺監督の『無常』(1970)が公開されて、孫があんなポルノを撮ってということでショックだったようで、その後で他界されたと(一同笑)」
油谷「実相寺さんの事務所(コダイ)に初めて行ってトイレに入ったら、『波の盆』の芸術選奨文部大臣賞の賞状が便器の上に貼ってあるんですよ。変な事務所(一同笑)」
古林「『無常』で受賞した金獅子もトイレに飾ってありました(笑)。
相米(相米慎二)さんはコダイに入りたいって言ったけど、来ても何にもならないよってお断りしたと思います。
高橋「東京文化会館の舞台が終わって、食事をしに上野駅の公園口でないほうで何かを食べて、帰りに坂を歩いて、北浦さんと監督が先を歩いてたんですね。監督はヨドバシか何かに行った帰りで紙袋を持って歩いてて、時期は12月。救世軍っていう、炊き出しをやってる社会奉仕の団体の係の方に監督が呼び止められて、監督は手を振ってる。後で聞いたら救世軍の人に「もうごはんは食べられましたか?」と(一同笑)」
北浦「救世軍の人はお弁当ふたつ持って「おじさん、これ食べて食べて」。監督は服に無頓着で、その日は寺田さんからもらったセーター着て、その格好で文化会館で打ち合わせするのかって思ったけど。救世軍の人から見たら浮浪者というかホームレス(一同笑)。その話を高橋くんが事務所でみんなにバラした」
高橋「いや、それはぼくじゃない(一同笑)。同じようなことはいっぱいあったんですね。『歴史はここに始まる』(1975)って番組で救世軍の話をやったんですが(笑)聞いた話ですけど、国際放映で照明の人に間違えられて「照明のコントロール板はあそこだから」って言われたとか。あとヒースロー空港だかで掃除夫からモップ渡された(一同笑)。どこ行っても監督とは見られない」
古林「撮影部の助手さんが監督見て「おじさんおじさん、そこすわっちゃダメだよ」とか(笑)。猪瀬(猪瀬雅久)さんかな」
最後にメッセージ。
勝賀瀬「古き良き日本を間接的に実相寺監督から学んだと思ってまして。「生きざま」という言葉を聞くけど、本当にあるのは「死にざま」という言葉なんだと。「生きざま」なんて下品な言葉を使うなと言われて、いまでも「生きざま」と聞く度に監督の声も聞こえてくるような気がします」
清水「現場で監督に叱られたことは一度もありませんでした。ぼくが優秀だからじゃなくて、付き人と現場の待ち時間で遊びたいとか、遊び仲間がほしかったんじゃないかと思ってます。監督は変わった人でしたけど、ほんとにありがとうございましたという思いしかありません」
油谷「実相寺さんのコンテは細かいんですよね。そのひとつひとつに判子を押す(笑)。俳優さんがいるのにこういうことを言うとまずいんだけど、俳優さんにあんまり期待していない。台本に書いてあることに沿って演じればいい。実相寺さんはもっと大きなところで作品全体を考えていて、照明であったり構図であったり美術の仕込みであったり。演出って何かなと考えるとき、ぼくは100人以上の監督についたと思うけど、実相寺昭雄は別の次元で、その中で教わったことは山ほどあると思いますね」
高樹「『ウルトラマンティガ』(1996)の終わりのころにたまたま小田急線でお会いしたことがあって、N響かどこかに行くんだって、小田急線にふたりでしばらく乗ってました(笑)。そのときの会話が最後だったかな。たったふたりで会話したことが……他愛のない話だったけどにこにこして。「いまからあそこ行くんだよ!」「お気をつけて」って。監督にもう1回会いたいですね」
北浦「学生時代からつき合ってきて(最初の出会いから)50年になるんですけど。迷惑はいっぱいありました(一同笑)。愉しいこともあって、小澤征爾さんとか一流の人といろんな仕事をさせていただいて、勉強させてもらったし。「死ぬまでの暇つぶし」って言ってましたけど、愉しんで死んだのかな。感謝しかないですね」
古林「いい話ばっかり(笑)。実相寺は最後まで自分がコダイの借金をつくったって意識はなくて…あったのかどうか判りませんけど(借金を背負っても)好きなことをやり通す。それが実相寺だって、みんなが納得していたところはありました。大木(大木淳吉)も池谷(池谷仙克)も実相寺も亡くなって、向こうでみんなで、なんか映画をつくっているんじゃないかなとぼく自身は思っています」

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