大学の左打者(大木実)をめぐって、球団のスカウトたちが暗躍していた。そのひとりである主人公(佐田啓二)はスパイだったという怪しい男(伊藤雄之助)に狙いを定めるが、やがて事態は意外な方向へ動き出す。
松山善三脚本・小林正樹監督の『あなた買います』(1956)は野球界の暗闘をドライに描いて惹きつけられる秀作。
今年1月、神田にてリバイバル上映と脚本家・輿水泰弘氏と井土紀州監督のトークショーがあった。途中で映画監督の金子修介氏も、わずかに発言されている(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。
【『あなた買います』について (1)】
輿水「岸恵子のウエストが細いなあ(笑)。好きなタイプの物語というか、こういう裏表のある人間ばかり出てくるのが大好物。1956年ですからぼくの生まれる前の作品ですが、見ごたえはあった」
井土「名作とか傑作と位置づけされているものではないですが、最後まで引っ張られる訴求力、会話で押してく感じとか学ぶものはあると思いましたね。原作も読んできていただいたということで」
輿水「原作も読んだんですよ。基本的に脚色は苦手で、とても勉強になりました。原作は岸本(佐田啓二)と球気(伊藤雄之助)のふたりの視点がほぼ交互で心理がメイン。ふたりの見た他のスカウトたちとか姉妹とかっていう描き方です。ふたりの化かし合いと心理でつづってて結構長い。それをシナリオ化するときに大きく足しているのは長男が四男を刺すくだりだけで、原作の人間関係をうまく取り込んで芝居の中で説明しています。上手な脚色だなと感じました。
こいつらどこいくんだろうって興味だけで見られてしまう。この長い原作もそれで押してるんですよ、いろいろ伏兵も出てきつつ。実際に南海ホークスでスカウト合戦が過熱したころに、この原作の方(小野稔)はスカウトをやっていたそうです。(もとは)新聞記者で記者時代にも小説も発表してたらしいですけど、スカウトを始めてからこれを題材にしたいということで書いたようですね」
井土「この上映会をやろうということで、松山善三さんゆかりの方はなかなかいなくて。でもこれはドラマだけど、広義の意味ではサスペンスということで思い切って輿水さんに」
輿水「ぼく自身はサスペンスが得意とは思ってないんですが、引き受けたときは絶対に事件物だと思ったんですよ。人身売買とかかなと思ったら、野球かよ、スカウトかよ(一同笑)。ただ昔から言われているんですけど、どんなドラマにもサスペンスがあるわけで、この作品も心理サスペンス。みんなに裏表があって」
井土「ジャンルミックスされてるというか、メロドラマにも振れるし、サスペンスでもあるし、三つどもえの企業物でもあるし」
輿水「この時代に、こういうのがあると思わなかったですね」
井土「スクリーンで見て気づいたんですが、大木実が演じた役が素振りをしているところで蜘蛛を殺す。脚本にはないんですが、彼の冷血さを監督の小林正樹さんが入れています。引っかかりにはなっていますね」
輿水「姉妹であることとかを、見ている人に判るように芝居の中にさりげなく入れてる。脚本には佐田啓二と岸恵子のメロドラマの部分がちゃんと書かれてて、ラストはロマンスで終わらしてるんですが、映画では全部カットしてありましたね」
井土「脚本に関しては会社の要請もあったんでしょうね」
輿水「映画は大木実のアップで終わってるんですよ(一同笑)。佐田啓二と岸恵子がいるのに。いまだったら、いや待ってくれって言われるでしょうけど。あの終わり方はすごいですよ。脚本はそこまで強気に出てない」
井土「ピカレスク的な終わり方ですよね。すべての罪と悪を大木実が引き受けて打席に立っているのだ、という」
輿水「善人は出てこなくて、みんな汚れてる。その汚れてる象徴として大木実がいる。
脚本では佐田啓二と岸恵子がダンス踊るんですよ。メロドラマの王道じゃないですか。ダンス踊ることでふたりができちゃうみたいな。そこはカットされてて、監督の意思を感じました。
ぼく、山田太一さんにあこがれてこの世界に入ったんで、松山善三さんは兄弟子ですよね。松竹の木下恵介一派。脚本が東映とは違っていて、ホームドラマじゃないんだけれども、会話でお芝居をつくってる。読みやすい脚本ですね。省略の仕方とか、山田さんの脚本に似てる感じもして、だから読みやすかったのかもしれません」(つづく)