【『百日紅』の表現 (2)】
原「『恋人たち』(2015)は久々にすごいのを見たなって。橋口さんとはその後にお会いする機会もあったから、橋口さんの環境のことは聞いてました。それが昇華されたんだって。こんなに切実で、強くて優しい。
普段は人の映画は見ないんですよ。がっかりするのも、畜生って思うのも厭だし」
橋口「『百日紅』(2015)も原さんらしい。『はじまりのみち』(2013)でもそうですが、人柄、誠実なものが出ている。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』(2002)では庭の牡丹が落ちる場面があったけど、この人映画を知ってる人だなって。『百日紅』でも牡丹の場面がありましたね。(主人公が)妹と寝てて肩を寄せる場面でも、映ってないけど手をさすっているのが判る。その瞬間に引き込まれる。普通なら全部映すのに、映ってるのは指1本だけ。それで気持ちを持ってかれる、綺麗だなって。ちょっとした仕草が細かい。『おもひでぽろぽろ』(1991)のように実写かこれ?っていうのと違って、アニメーションとして抽象化されたリアリズム。これをつくり出すのは…。“ぼく、疲れてる”って楽屋でおっしゃってたけど、そうだろうなって」
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【橋口監督と『恋人たち』】
原「橋口さんの作品を見てると作り手の品性が出るなって。下品なやつは、何つくっても下品だし。橋口さんは品性や品格を保っている方。『百日紅』でも何気ない仕草を見抜いてくれて」
橋口「今回は、昇華しようがないことを描かなきゃいけない。ドキュメンタリーをつくろうとは思わないんですが、全部事実だと思われてる。『二十歳の微熱』も『ハッシュ!』(2001)も、あれは映画。おすぎさんには“あたしは、古いオカマだから。子供を作るなんてありえない”って言われたけど、あれは映画で(一同笑)。でも実話じゃなくても、自分の感覚がどっか入っていく。
学生時代は大阪芸大で自主映画をやってて、何を撮ろうかと思ったとき、自分しかない。自分は平凡な人間だけど世界にひとりだけだし、何かあるはずだって自分のことを撮り始めた。でも友達に見せると寝る。自作自演でリアルに撮っても人に伝わらない。親が離婚したとか、何か言われたとか、再現しても自分の悲しさは伝わらない。他者との距離、それが表現。出発点は個人でも、それを普遍化しようってやってきた。でも今回は乗り越えられないって体験をした。それをどう作品にしていくか。無理だって思ったんで、生のまま、自主映画に戻った気分でストレートにやりました。それが観客の方にどう映るか、心配だったですね」
原「どの監督でも、何かしら出ると思います。だから品とかが大事。下品な生き方をしてるやつが撮ったものは、美しくないものにしかならない。ぼくは美しい生き方をしてるとは思ってないけど、どこかで線を引こうと。橋口さんもこんなひどい目にあったとかあの野郎とかは描いてなくて、フィクションにしてる」
橋口「昔悪かった、シンナーとか喝上げとかやってても、いまは汚れていない人がいる。一方で綺麗なスーツを着てても厭な感じのする人もいる」
原「弁護士とかね(一同笑)」
橋口「そういうのはつくったものに出ますよ。映画は手づくりで、アニメーションは特にそう。『百日紅』では妹が牡丹を持った手をお栄がつつむ。その描き方ひとつでぬくもりが伝わる。原さんは美しい生き方をしてないって言うけど、お栄が男を買いに行くシーンも下品になってないもんね」
原「『恋人たち』で印象に残ったのは、“お母さんがいっしょにテレビを見ようって”と言う場面でさりげなく“ありがとう”と。あの台詞は素晴らしいと思いましたよ。どんなひどい情況でも、それを受けとめる。何気なく言ったのかもしれないけど、“ありがとう”って伝える。橋口さんみたいな人じゃないと書けない台詞です」
橋口「あれは何でもない場面なんだけど、自分でもいいなと(笑)。カットされてもいいような場面なんだけど」
原「どっかの偉い人がカットしそうな(一同笑)」
【実写とアニメーション (1)】
原「実写とはつくり方が全然違う。こんなに違うのかって。衝撃だったのはカメラマンの存在。アニメーションでは絵コンテに、台詞を喋ってこういう動きをしてって書いて、その通りにアニメーターに描いてもらう。実写はカメラを据えたらアングルを決めて、役者さんが芝居してOKだったら映画のピースが完成する。簡単っていうわけじゃないけど。カメラに映らないところに、スタッフが何十人もいる。そこでOKを判断しなきゃいけない。OKって言ったら、出来上がっちゃう。毎日悶々と描いてた絵コンテ作業は何だったんだろうって、いままでのキャリアが壊れた気がしますね。それまでは、アニメーションは何でこんな面倒な作業の繰りかえし何だろうって思ってたんですけど。
『はじまりのみち』は現代劇じゃないので、映っちゃいけないものとか制約もあった。アニメーションなら自由に画づくりができる。ものすごくギャップが大きくて、しばらく苦しんだ経験がありました」
橋口「原さんは、田中裕子さんのお芝居に感動されてましたよね」
原「あれは一発撮り。おれも緊張しちゃって。カメラマンや助監督と相談して、決まりはないから次に本番やりましょうと。本テスでカメラ回して、それでOKということにしたんですよ。田中さんは涙も涎も出してましたから、何度もできない。アニメならクールにつくれるけど。生身の人間が何十人ものスタッフが見守るなかで実際にやるってのを初めて経験したので、これが実写だって発見もありました」(つづく)
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