私の中の見えない炎

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杉井ギサブロー × 古川雅士 × 丸山正雄 トークショー レポート・『哀しみのベラドンナ』(3)

【『ベラドンナ』と虫プロの時代 (3)】

杉井「アニメーションはウォルト・ディズニーの時代からファミリーですね。手塚(手塚治虫)先生もファミリーを意識して、でも日本ヘラルドの企画かもしれないけど『千夜一夜物語』(1969)では初めから大人向けとしてつくった。『ベラドンナ』(『哀しみのベラドンナ』〈1973〉)はアメリカでヒッピーが運動してる時代で大人の映画を意識して、仲代達矢さんの魔王は男のシンボルを平気で出しちゃう。アニメーションで性の問題に切り込むっていうのは、ちょっと珍しい。だからフランスとか、その前にロシアでも話題になったと聞いたこともありますけど」

 

 『ベラドンナ』には何種類もの異なるバージョンがある。

 

杉井福田善之さんのシナリオではジャンヌが火あぶりになって「ジャンと言ったかもしれない」と終わっている。暎一(山本暎一)さんは「口は動かしてるけど声にはならない」ということかなって言ってて、ぼくは好きなラストだったんですけど、いまはフランス革命の有名な絵が入ってますね。ぼくは現場で猛反対して、監督が答えを出すほどつまんないものはないって。ただ暎一さんはあのフランス革命の絵につなげていくというのがテーマだったんですね」

古川「ラストのフランス革命の絵は、テレビで見てびっくりしました。ぼく、はめた記憶がないです。字幕も出ましたけど記憶に一切ないです。誰かが入れてるんです。男根に虫が這ってるシーンもなくなってました」

丸山「フランス語バージョンというのもありますね」

古川「女学生バージョンもあるとか」

杉井「京都の大学で教えてて見せたいと思うんだけど、見せていいのかねって迷うっていうか。躊躇しながら結局は見せてましたけど」

丸山春画なら恥ずかしがらずに春画好きと言えるけど『ベラドンナ』は微妙。下品と言う人はいるだろうし、きっと暎一さんの表現したいのはエネルギーであって上品さではない」

杉井「ぼくは『ベラドンナ』は下品だと思わないですね。深井(深井国)さんの絵が綺麗だし。ヨーロッパの中世には領主が処女権を持ってるとか、日本だって通りかかってかわいい子がいたらつれて来いみたいなことはありましたよね。性の問題を軸に、悪魔の力で女が戦っていくというテーマも健全かな。あの時代によくつくったと思うけど」

古川「スタッフが若いよね。色塗ってるスタッフも20歳くらいの若い人たちでしたよ。だから大丈夫なんですよ(一同笑)。むしろ若いからできたのかな。歳とると生意気になっちゃって」

山本暎一監督の個性】

杉井東映動画はディズニーの日本版みたいな、オーソドックスなフルアニメーション。ぼくらは若いころ、そこで鍛えられたんですが。横山隆一さんのおとぎプロは、横山さん自身がマンガ家なんでディズニーにこだわってはいないんですね。アート系というかな。暎一さんはそこで育ったからというか…」

丸山「アート系と言えばそうですね。暎一さんはすごい量の美術書を持ってるし、絵描きさんとかにも詳しいし。蔵書を見てると音楽の知識も。今(今敏)くんと共通していて、ベーシックなものとして美術のセンスや音楽の素養がすごい」

杉井山本暎一今敏は質としてなんか共通するというか」

丸山虫プロ出身者もそうだけどアニメーターの人は絵をまとめようとするんだけど、山本さんは全然まとめない。東映も手塚さんもアニミズムというか、絵を動かすときに生命があるみたいな時代に山本暎一が現れて実写が入ってきたりミニチュアで撮ったり。画面構成にはこだわってるけど、線描での絵には執着していない。逆に執着した極限が宮崎駿ですけど。

 今くんは絵がうまいから、気に入らないと全部自分で描いちゃって結果的にまとまってるけど、発想のもとは美術書とか写真とか。暎一さんと今くんに共通するかな」

杉井「実写じゃないんだから同じ顔してなくてもいいと。ぼくはなかなかそこまで割り切れないけど。ぼくはまとめたがるほうなんで、こんな絵でいいんですかと。できればはちゃめちゃやりたいけど、なかなかできない。『ベラドンナ』はいきなり若返ったりしてますね。そういうひとつの世界を壊すっていう挑戦も大事だよね。ものって壊さないと生まれてこないというか、暎一さんはそれが身についてた。

 今敏さんは暎一さんみたいな絵のコラージュじゃなくて、映像の語り口が重層的。その切り口が暎一さんと似てるっていう気がぼくはしてる」

古川「いい映画って冷徹、人間を見る目が厳しい。そういうのが大好きなんです。『ベラドンナ』も厳しい。『新ジャングル大帝 進めレオ!』(1966)で暎一さんが演出した「密猟者の森」とかもものすごく厳しい。ジャングルで生きていくのがいかに厳しいか。『ベラドンナ』も根底にあるのは生きる厳しさ。暎一さんはそういうのを追及していたのかなと思います。当たってるかは判らないけど。アニメーションでそういうのはなかなかないですね。手塚さんも、暎一さんとはまた違った意味で厳しいですね」

杉井虫プロで『ある街角の物語』(1962)をつくってるころに『ウエスト・サイド物語』(1961)が大ヒットして、あれは映画じゃない、舞台でやってればいいと話をしました。映画とは何かみたいな話や論争を山本さんとしましたね。

 まだ山本さんがいなくなってしまったみたいな実感がないんですけど。山本さんはアニメーションの流れを壊す監督で、文化を活性化する力があったと思います」つづく