7月11日に肝付兼太演出・出演の舞台『おしいひと』を見に行った。
肝付兼太氏は、藤子・F・不二雄原作のテレビ『ドラえもん』(1979〜2005)のスネ夫役の声を演じたことで知られ、ほかに『怪物くん』(1981)や『キテレツ大百科』(1988〜1996)など藤子不二雄原作アニメに多数出演した超ベテラン声優。近年もテレビ『ケロロ軍曹』(2007)、映画『それいけ!アンパンマン ミージャと魔法のランプ』(2015)などで現役として活動している。また、肝付氏は1983年に劇団21世紀FOXを結成し、声優業と並行して演劇活動も行ってきた。舞台では演出を手がけるほか、自身も出演したりナレーションを担当したりしている。筆者にとってはやはりスネ夫の印象が強いけれども、それは肝付氏の引き出しのごく一部に過ぎない。
最近、ジャイアン役を長年演じたたてかべ和也氏が逝去し、弔辞を肝付氏が読んだ(「スネ夫悲痛」「スネ夫が絶叫弔辞」と記事になっていた)。 たてかべ氏と肝付氏は親交が深く、たてかべ氏は21世紀FOXの全公演を見に来ていたという。筆者は10年以上前にたてかべ × 肝付コンビのトークショーを2度観覧しており、ふたりの掛け合いが愉しかったことをなつかしく思い出す。
今回の『おしいひと』は、21世紀FOXの第74回公演。そういえば肝付氏の舞台を見たことなかったなと思ってチケットを入手した直後に、肝付氏の弔辞が話題になった。
『おしいひと』では、場末?のスナックに集う人びとが描かれる。結婚式をあしたに控えて葛藤する娘と父、つぶれた工場の社長と社員、お尋ね者になった兄と妹…。
筆者の感想としては、オーソドックスによくまとまった人情話という印象で、刺激的だとか感銘を受けるというようなものではなかったが、安心して見ていられる。劇団員みなに適切に出番を配置して、退屈させずに引っ張る脚本・演出の手腕にはしたたかな技量が感じられた。つづられる物語はどこかで聞いたことのあるパターンの域を出るものではなく、オーソドックスな定型からもう少しはみ出してほしかったという思いもある。
観客全員に大黒摩季「ら・ら・ら」の歌詞カードが配られ、ラストに出演者全員で唄うという趣向で、これもよかった。
肝付氏は、つぶれた工場の老社長役で出演。当初は工場が倒産したことを隠しているのだが、暗い顔でソファにすわっているだけで負のオーラをみなぎらせていて、その声なき演技にも圧倒される。声を出さなくても感情を表現する肝付氏は、大声優であると同時に俳優である。
カーテンコールでは肝付氏が前へ進み出て、筆者を含む最前列の観客に「ありがとうございます」と声をかけていた。
後方の客席には “たてかべ和也様” と貼られた座席があった。
観客に配られたチラシには、肝付氏のメッセージが書かれている。以下に引用したい。
「私達は、6月18日、大事な人を失いました。そして奇しくも7月の芝居が「おしいひと」と言う(原文ママ)タイトルで、何か因縁めいたものを感じます。26年間、スタジオで毎週、顔を合わせていた親友が別の世界に消えた、淋しいです。
旗揚げ以来、毎回、必ず私達の公演を見に来てくれた「たてかべ和也さん」私にとって、本当に「おしいひと」でした」