切通 その滑稽さってある意味、普遍的なんですよね。ただ伝えるのが難しい。これ本当に恥ずかしい話なんだけど、以前、ある女の子にフラれた時に、僕は「君は俺のことが好きなはずだ!」って叫んだんですよ。
――(笑)
切通 それはなぜかって言うと、電車で別れる時に彼女が名残惜しそうな顔をいつもするからで、俺は彼女に「そういう顔してたじゃないか」て言ったんですよ。気狂いですよね。「好きじゃない」って言われてるのに「お前は嘘をついている」みたいな(笑)。それ以来、会っても電車で別れる時には、彼女は次の瞬間ぷいっと横を向くようになりましたよ。つまり、癖とか単に気遣い程度で行っていた仕草が、相手にそこまで過大な幻想を与えていたんだっていうことに気付いて修正したっていう。ある意味、優しい女性だったわけですが(笑)。
――逆に羨ましいですけどね。その狂ったテンションまで自分をもっていけるって。
切通 今ようやくそうやって振り返れるようになった。数日前、中村うさぎさんに初めてこの話を言えたんですよ。それまでは思い返す度に「俺はなんて恥ずかしいことをしてしまったんだ」って自己嫌悪に陥って、誰にも言えなかったんですけど。今ようやく、この瞬間あたりから第三者に言えるようになってきた(笑)。
――フレッシュな話ですね(笑)。ただ、こういう話って不思議なもんで「いま、好きな子と付き合ってラブラブなんだよね」って話を聞くよりよっぽど恋愛意欲をそそられます。
切通 今の時代って、そういう自分の世界が根底から覆されるって経験は他では得られないと思うんですよ。仕事で失敗したとか、受験に失敗したとか、大きな夢が挫折したとか、ショックな状況は色々あると思うんですけど、それはやっぱ質が違うんですよね。なんて表現すればいいだろう…。自分が崩される感覚。好きな仕事につけなかったとしても、言い訳は可能ですよね。「不運だった」とか「タイミングが」とか、色々ある。自分の評価がそれで決定的になるわけじゃない。しかし、他ならぬ恋愛の相手から拒絶されたり、恋愛感情がなくなったって言われたりした時の、あの崩壊感っていうのは、失恋してない人は他にどうやって経験するんだろうと思う。
――経験が全てではないですが、僕も失恋に限っては経験の有無って大きいと思います。
切通 『失恋論』の時に、あの本が多くの人に受け入れられなかった最大の理由は、俺が既婚者であるということだったと思うんですよね。自分の結婚生活を破壊したわけでもないし、結局僕は元のサヤに戻ったわけだから、それのどこが失恋なんだ、と。
――アマゾンのレビューなんかにも、そういった類いのコメントがちらほらありました。
切通 当時こそ僕もそれに反発したけど、いま思えば社会的にはそれが当然の反応かな、と。ただ、失恋の崩壊感というのは、奥様がいてもいなくても関係ないんですよ。
――そもそも恋愛は美談じゃないですからね(笑)。
切通 しかも、さっきの僕の話でいえば、相手にその気があろうとなかろうと、こっちからしたら誘惑されて捨てられたようなもんなわけです。ピンク映画も撮ってる映画監督の友松直之さんが以前、「一回だけヤラしてくれた女が次からヤラしてくれないというのがどれだけつらいことか」というようなことをチラシの裏に書いていたんですけど、非常に本質的なことを言っているなと。
――非常によく分かります。一回、受け入れられたのに拒絶されたっていうのは誤摩化しようがないですから(笑)。では、あらためて聞きたいんですがが、恋愛をしたことがない、リアルの女なんていらない、という人達に切通さんからなにか言うとしたら?
切通 これは難しい問題で、やっぱ恋愛なんてそそのかすことじゃないとは思うんですよ。
ただ、人を好きになるってことは、最初は相手の断片だけを見て幻想を持つわけだから、相手のことを知れば知るほどその最初のイメージは変わっていく。覆されていく。それを受け入れるたびに、新しい自分になっていく、自分も成長していくんだと思うんです。好きな人相手じゃないと、そこまで他人を通して自分が変わるなんてことないんじゃないかな。
結果、その相手とは決定的に相容れないことがわかって、挫折感を味わっても、一人の人間としては、自分の存在を根底から突き崩される経験っていうのはあった方がいいと思うんですよね。一度死んで、そこから立ちあがっていくとしたら、自分を磨くということの原点に失恋はあると思いますね。
――リア充が全てという意味ではないんですね。
切通 僕だってもう恋愛なんてしたくないって気持ちがありますよ。傷つきたくないし。
――この話の流れでそうきます?(笑)。そう言わず「続・失恋論」的な本も出してくださいよ。
切通 でも、内田裕也の事件とかすっごい勇気づけられましたよ。いくらロックンローラーと言えど、さすがにあの年齢ですから、女性だって必ずしも内田裕也と寝たいと思わないかもしれないじゃないですか。けれど内田裕也自身は、鍵を取り替えるまでして、その女性に執着したわけじゃない。もちろんそれはやり過ぎなんだけど、同じ男としてはすごいあの事件を聞いて救われた(笑)。
――僕も変な話、あの一報で内田裕也が凄い好きになりましたよ。
切通 ね。情けないと言う人もいるだろうけど、実際情けないんだけど、そのカッコ悪さが、こちらから見たらブレないカッコ良さとともに、せつなさもある。
――これからも切なくて情けない話を聞かせて頂くのを楽しみにしてます(笑)。今日はありがとうございました。
以上、“コイトゥス再考” より引用。