私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

曽野綾子 インタビュー(1985)・『時の止まった赤ん坊』(2)

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——小説のなかでも、女主人公の「茜さん」がいろいろ苦労しますね。私どもの常識では理解しにくいのですが、病院側の善意を現地人の患者が裏切る場面もあったりして、貧しい人の裏側についてもはっきりとお書きになっていると思いました。でもこういう裏面の問題というのは或る程度小説だからお書きになれたということがありますか。

 

曽野 私は小説だから書けたというふうにはとくに考えないんです。たとえ非難を浴びても、書かなければならないことというのはいつでもありますし。

 

——でも、今、日本でもアフリカ難民の問題については、多くの人がさまざまな発言をしていて、むずかしいというように思いますが。

 

曽野 そうですね。日本人はよく貧しい人は心根がいいというようなことを言いますが、貧しいゆえにずうずうしいという人もけっこう沢山います。「あなた達はなぜもっと助けてくれないのか」というような言い方で要求するのです。これはエチオピアでもよく聞きました。どうしてもっと援助しないのかと言われます。

 私たちにすれば、義務があって援助をしているわけではないのですが、それを当然のように要求して、こんなに少ないのはいけない、というような言い方をするのですね。

 ですけれども、私はたとえどのような人であろうとも同じだと思います。相手の心根がいいから助けるというようなことではないでしょう。その意味で、援助というのはもっと冷静に考えなければなりません。相手がお辞儀をしたからとか、心根がいいからあげるというのではなく、相手がたとえ感謝をしない人でも、人間として苦しんでいる人には手を貸す、という理性に基づいて援助はなされなければならないと思います。

 それから、贈るものも、ポイントが狂わないようこころしなければなりませんね。そのためにはしっかりと現地調査をする必要があります。

 

——たしかにこの小説を読みますと、先生のそういったお考えとか、姿勢が、はっきり分かるように思います。 

〈素晴らしいJOCV〉

 

——その援助ということでは、国際的にみて日本はどうなのでしょう。やはり後進国ですか。 

 

曽野 それはそうですね。はっきり言って、良いことではなかったのでしょうが植民地を持っていた国というのは、その数百年間に勿論うんと収奪もしたのでしょうが、また種々の裏切りにあうなどの苦い盃もなめさせられています。そういう意味で日本人よりずっと大人ですね。日本でも韓国などでやったということもありますが、イギリスやフランスといった国ほど大々的にやったわけではないので、まだ甘さがあります。日本人がいいと言うことは、相手もそう思うだろうなどと考えがちですが、けっしてそうではありませんね。

 

——そうかもしれませんねえ。

 

曽野 でも、今、日本の若い世代はなかなか立派だと思うのですよ。私などの世代ですと、外国へいくとなるとどうしても多少のかまえみたいなものがあるのですが、若い人はそうではありませんね。語学が達者な人が増えていることもあって、海外青年協力隊(JOCV)の方たちが各地で沢山働いています。

 農業隊員、土木隊員などの他にも、柔道や竹籠あみを教える隊員までいらして、自分たちのあらゆる才能を利用して現地人を指導していらっしゃいます。しかもその方たちは実にのびのびと、どこの土地にいっても、片ひじ張ってがんばるということではなく現地の人たちと交わって、自然な愛情ある指導員になっているのですね。私もよくそういう方たちとお会いすることがあって、素晴らしいと思いましたね。

 なかには漁業隊員としていったのに、現地にいったら海があっても魚がとれないということがあって、急遽農業隊員になっちゃったという人たちもいたのですよ。漁業の訓練を受けて来た人が農業も出来るのかと聞いてみたら、急いで日本から農業に関する本とか、簡単な道具を取り寄せてにわか勉強をして、そして現地の人に教えているのだというのですね。

 

——器用なのですね。

 

曽野 そういうことが出来るのが、日本人のすごさなのですね。

 彼らはほとんどが二十代の青年で、しかも日本にいる時は甘い青年であっても、向こうにいけば立派な指導者として、実に厳しく己を律し、苦しいことは自分が先に立ってやっているのですね。

 

——この小説の「茜さん」も、立場はカトリックのシスターということですが、やっぱり現地の産院で黙々と働いている姿が、今までの日本人と違うなという気がしました。

 

曽野 この小説ではたまたま修道女として描きましたが、確かに世界の至るところに日本人の若い人がいるんですね。これからはそういう人たちが、過度な期待もかけず、また過度に褒めることもしないで、しかし人間の共通の悲しみ苦しみを理解して、愛情を持って暮らすといった、自然な人間関係をつくっていくのだろうと思います。

 

——本日は貴重なお話を有難うございました。(きき手:岸名節子)

 

 以上、「ほんのもり」No.8より引用。