

都心に通う生活者が暮らすようなベッドタウンに住む一家族。ある日、彼らは戦時下に家ごとタイムスリップした。主人公が幼いころに親しかった友人とその息子も何故かいっしょで、便利な生活に慣れきった彼らは戦時中に叩き込まれる。せっかく未来を知っているわけだから、ただ生き抜くだけでなく1945年3月10日の東京大空襲を市民に知らせようとするが、思いがけない運命が待ち受けていた。
山田太一が1981年に「別冊中央公論」第2号に発表した長編小説『終りに見た街』(小学館文庫)。山田は意図をこう語っている。
「最初に戦争体験を子ども向けに書いて見ないかと言われた時、昔はこんなことがあったというような昔語りでは今の子どもは聞いてくれないだろうと思いましてね」(「サンデー毎日」1982年8月22日号)
「戦争体験を伝えるというのは、どう書いても昔話。今の人に自分のことのように見られる作品というと、今の人が昭和十九年に行くという設定以外に思いつかなかった」(「日経プラスワン」2005年11月26日)
「近所にいるようなおじさんやおばさんがね、戦争になると突然変わるんです。あの小説ではそういう様子を描いたんですが、実際に僕の周りもそうでした。たとえば隣組の班長になっただけでものすごく威張っちゃう。キヲツケーって号令かけて。日本人はがらりと変わっちゃうんですね」(「日本経済新聞」2016年8月13日)
主人公は脚本家で、住所は山田の自宅のあった津田山に設定された。飼い犬の名は実際の山田の愛犬と同じ「レオ」。
「津田山の建て売り住宅を買った一家族が、ある日目を覚ますと突然、昭和19年にタイムスリップしていて、界隈に一軒だけ取り残されている。
昭和19年は終戦の1年前。当時、津田山に高射砲の陣地があったという話がヒントになっています」(「散歩の達人」2005年4月号)
過ぎ去った戦時を回顧するのでなく、現代人の目に戦争がどう映るかをタイムスリップによって描き出すという狙いだった。ユニークなのは、現代人が戦争という理不尽な目に遭うだけでなく有事にいつのまにか適応して取り込まれてしまう面も描いている点であろう。
「戦後はまた逆方向にがらりと変わるんですが、その「がらり」は昭和天皇が亡くなったときの社会の空気にも現れていたし、東日本大震災のあとも感じました。変わり方がとても激しくて、怖い。もし、また日本が戦争をやったらそれが噴き出すでしょう。夢中になっちゃうんです、日本人は。戦争は絶対にやってはいけないという僕の思いは、そんな「がらり」への不安も大きい」(「日本経済新聞」)
山田はどちらかと言えばリアル志向の作家という印象だけれども、松竹での新入社員時代に書いた習作「殺人者を求む」で既に不可思議な現象を描いていた(『ふぞろいの林檎たちⅤ/男たちの旅路〈オートバイ〉』〈国書刊行会〉所収)。『終りに見た街』は山田が満を持して?SF的な設定に挑んだものであり、本作を嚆矢に『飛ぶ夢をしばらく見ない』(新潮文庫)や第1回山本周五郎賞を受賞した『異人たちとの夏』(同)、『見えない暗闇』(朝日文庫)などファンタジックな小説作品を発表していく。
『終りに見た街』は発表の翌年に、山田自身の脚色でテレビ化された。この近い時期に山田は新聞連載小説を連続ドラマ化した『岸辺のアルバム』(1977)や短編小説をもとにした東芝日曜劇場『三日間』(1982)など、自身の小説をシナリオ化する仕事もいくつか手がけている。『終りに見た街』もその一環?なのかどうかは不明だが、1982年8月16日の終戦の季節に単発ドラマとして放送された。
ラストは衝撃的で多くの反響が寄せられ、のちに山田は憤慨している。
「SFにタイムスリップという設定がありますね、その種の作品をテレビで書いたことがあるのですが、ふざけるな、そんなことが起こるわけがないじゃないかという抗議がくるわけです。大勢の方に見ていただかなければならないとなると、タイムスリップなどというありきたりな約束事も認知されていないんです」(「東京人」1989年11月号)
劇場映画や特撮ドラマを除けば、80年代初頭ではゴールデンタイムのテレビでタイムスリップSFを送り出したのは「抗議がくる」ほど画期的だったのである。山田は『岸辺のアルバム』や『早春スケッチブック』(1983)によってホームドラマを辛口に刷新し、『男たちの旅路』シリーズなどで斬新なメッセージを投げかけた巨匠として知られるけれども、実はSFドラマのパイオニアでもあった。この後に山田の盟友だった田向正健の脚本によるディストピアSF『オアシスを求めて』(1985)や、『終りに見た街』に明らかに影響された鎌田敏夫脚本『NASA 未来から落ちてきた男』(1991)などが制作されている。
20年以上の歳月を経て、2005年12月に終戦60年企画として山田による本作のセルフリメイク版が放送された(『終りに見た街/男たちの旅路 スペシャル〈戦場は遙かになりて〉』〈国書刊行会〉所収)。主人公は脚本家からシステムエンジニアになっているほか、変更点が多々ある。筆者の印象に残っているのは「毎日俺は殴られている」「ただ喝を入れるというだけで、気まぐれに殴られている」という台詞だった。この数年前の山田の『彌太郎さんの話』(新潮文庫)でも軍隊の暴力が描かれていて、そのような戦時の残酷さを21世紀に伝えなければという使命感を見た。
さらに月日は流れて2023年に山田は逝去。その翌2024年に『終りに見た街』は3度目の映像化が発表された。脚色は宮藤官九郎で、山田とは「週刊文春」2009年4月2日号にて対談したことがあった。その際に山田は宮藤が脚本・監督を務めた『少年メリケンサック』(2009)を誉めているが、同時期に一方で宮藤の作品はよく判らないとも口にしていた(「週刊朝日」2009年1月16日号)。しかし数年後には宮藤脚本の朝ドラ『あまちゃん』(2013)を山田はまめに見て好意的に評し(「サイゾー」2013年10月号)、宮藤の監督映画『中学生円山』(2013)のプログラムにも寄稿しているのだった。讃辞がすべて本音ではないかもしれないけれども、山田の代表作を生前に少し交流のあった作家がリメイクする(宮藤によるリメイク版は『終りに見た街 シナリオ集』〈大和書房〉所収)わけで、その放送まで24時間を切ったいま、筆者はある感慨を覚えている。



