【清順演出について (2)】
葛生「『関東無宿』(1963)で真っ赤になるところは、B班の撮影から帰ってきたらステージのあの部屋があって、やたらに美術(スタッフ)があっちこっちに。手が足りないから照明も手伝って、障子に細工して何やってんだと思った。台本にないし。(本番で)バーンと倒れて、びっくりしましたね」
岡田「計算されてるね。鈴木さんはすっごく考える。撮影中は夜も寝なかった」
葛生「撮影中は布団に入らない。突っ伏して寝て」
野呂「俳優泣かせですよ。寝ないで考えて、台詞を変えちゃう。(台本の)号外がいつも回って、覚えるの大変。だから寝てください、と。トイレで考えるって言うから、トイレも入らないでください(一同笑)」
葛生「監督が台本直すの当たり前のことで、いまはシナリオライターが怒るけど。きのうの台詞がきょうは全然変わってるというのは、しょっちゅうありました」
岡田「今村昌平さんも考えるけど、哲学的なことでした。鈴木さんは撮り方、手を考える。囲碁が好きだったけど、囲碁でつめてくみたいに。撮り終わっちゃうと、アフレコもつき合わない。今村さんはディテールにこだわるけど、鈴木さんは人物の動きやアングルを考える。きょうも見てて、このころから手を考えてるなと」
葛生「段取りが嫌い。サラリーマンが行ってくるって言って門を開けて出てくるとか、そんなカットは撮らない。当たり前で。行ってくるよって言ったら、次はもう会社でいい。段取り的なのは省略」
野呂「監督は(俳優に)好きにやらせて、勝手にカットしちゃう(一同笑)。
肩書きで人を差別しなかったんです。スターにもぼくらにも言葉づかいは同じで」
葛生「さんで呼ぶ。くんとは呼ばなかったです」
野呂「亡くなる前は、ちゃんで呼ばれた」
葛生「後半はちゃんだったね。照明部も大道具もさんづけ」
野呂「優しかったね」
葛生「あの人は怒らない」
野呂「監督のご機嫌とろうと思って“この芝居とこの芝居とどっちがいいですか”って訊いて、自分ではこっちがいいってあるんだけどご機嫌とろうと。監督は“自分はどっち?”って言われて、こっちって言うと“じゃあそれをやりなさい”と」
葛生「ぼくは新劇が好きだから、芝居にぐちゃぐちゃ言う」
野呂「よかった、葛さんの組じゃなくて(一同笑)」
葛生「人の言うことをよく聞いてくれるんです。あれもう1回やりましょうって言ったら、やりましょうと」
岡田「細かいこと言わない。アフレコも気にしてなくて。あの当時は、巨匠はこだわってアフレコじゃ感情移入できないと。浦山桐郎とか(笑)。でも鈴木組は感情移入なんかないんですね」
葛生「口が合ってりゃいいだろって。きょうのは、合ってないとこもあったけど」
野呂「画に自信があったんですね。気分的に他の組は落ち着かない」
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『悪太郎』(1963)以後、美術の木村威夫が参画。『関東無宿』、『河内カルメン』(1966)、『ツィゴイネルワイゼン』(1980)など木村の美術が清順作品に大きな位置を占めるようになる。
岡田「木村威夫さんと組んで」
葛生「おかしくなった(一同笑)」
岡田「鈴木さんの作品は初期、木村さんとの中期、後期と三段階くらいになってたと思います」
葛生「鈴木さんのは、カラー化する前のほうが好きですけど、あの色を縦横に使う度胸は大したもんですね。おれならおっかなくて…」
岡田「古いの見て、木村さんや荒戸と組んだの見てると違うように見えるけど、計算が細かいところは共通してるように思えるんです。
『悪太郎』で驚いたのは、橋があって和泉雅子と山内賢が渡っていくけどお祭りで、大群衆で渡れないという(シーン)。前の日にエキストラは何人くらいですかって訊いたら、ゼロでいいと。一切いらない。当日セットに橋つくって、和泉雅子とヤマケンが押されて川へ落っこっちゃう。それを水なし、人なしで撮影して。アフレコで音入れると、今度はエキストラ呼んで“わっしょいわっしょい”ってリアルじゃない、コーラスみたいな声にする。人が誰もいない橋の上から落ちると言うのが上手い、感心しちゃったね。
撮影慣れしてる現場スタッフが驚く。監督は毎日じっくり考えて、とにかく驚かせるのが好き」(つづく)
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