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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

大森一樹監督 × 岡田裕P トークショー レポート・『ユー・ガッタ・チャンス』(1)

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 映画『仮面ライダー×仮面ライダー オーズ&ダブル feat.スカル MOVIE大戦CORE』(2010)、『るろうに剣心』(2012)やテレビ『八重の桜』(2013)などで、渋い演技を見せる歌手・吉川晃司。筆者はかつてテレビ『真夜中は別の顔』(2002)などでの俳優としての吉川にあまりいい印象を持っていなかったのだが、近年の充実した仕事ぶりを見ていて、にわかにこの人に対する関心が湧いてきたのだから現金なものである。ことに『仮面ライダー』においては、若い仮面ライダー桐山漣菅田将暉)の師匠格のライダー役を好演していた。

 

 今年8月、神保町シアターにてかつて吉川晃司主演×大森一樹監督でつくられた三本の映画が、“吉川晃司映画祭”と称して特集上映された。

 『すかんぴんウォーク』(1984)、『ユー・ガッタ・チャンス』(1985)、『テイク・イット・イージー』(1986)の吉川三部作は、主人公の民川裕司(吉川晃司)が芸能人としてなりあがって(?)いく姿を描く物語であるが、全くつながったストーリーというわけではなく、『すかんぴん』は吉川演じる主人公が芸能界の厳しさを知るほろ苦いトーン、『ユー・ガッタ・チャンス』はアクションあり歌ありのにぎやかなタッチ、『テイク・イット・イージー』は無国籍アクション、とそれぞれに異なる映画になっている。

ユー★ガッタ★チャンス [VHS]

ユー★ガッタ★チャンス [VHS]

 

 8月19日に『ユー・ガッタ・チャンス』の上映後に大森一樹監督と岡田裕プロデューサーのトークショーが行われた。

 『ユー・ガッタ・チャンス』は、有名歌手にはなったがその生活に倦んでいた主人公・民川裕司(吉川晃司)が脱走。カリスマ的な映画監督(原田芳雄)に会うため、ニューヨーク帰りの女性(浅野ゆう子)とともに、芸能マスコミやカジノの用心棒たち(佐藤蛾次郎阿藤快中本賢)と追いつ追われつの冒険を繰りひろげる。

 当時の大森一樹監督は、医大生の青春群像を描いた『ヒポクラテスたち』(1980)、村上春樹原作『風の歌を聴け』(1981)といった自主映画タッチの作品が好評を博しており、その作り手が男性アイドル主演の娯楽映画を手がけるというのはなかなか大胆な采配のような気もする(『ヒポクラテスたち』の佐々木史朗プロデューサーの紹介であったらしい)。

 大森監督は、吉川三部作ののちに、『恋する女たち』(1986)、『トットチャンネル』(1987)などを矢継ぎ早に発表。娯楽映画を牽引する若き旗手として、注目を集めた。大森作品と言えば筆者にとっては、『ゴジラvsビオランテ』(1989)の意欲的なサスペンスタッチの演出がいまも心に残る。近作では『悲しき天使』(2006)が、地味ながら老練なつくりだった。

 

 岡田裕プロデューサーは、日活を経て、ニューセンチュリープロデューサーズ、アルゴピクチャーズなどの代表を務め、多数の作品をプロデュース。『妹』(1974)、『家族ゲーム』(1983)、『マルサの女』(1987)、『ターン』(2001)などメジャーな大作からマイナー系の名作まで手がけている凄腕の人である。筆者が岡田氏の顔を初めて見たのは、『透光の樹』(2004)をめぐって、氏が萩原健一を刑事告訴した際のニュース映像であった。

 いまは70歳を過ぎているはずだが、快活なご様子で、これだけ多数の映画を引っ張ってきたパワーが感じられた(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや、整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 

岡田「30年ぶりに見たけど、こんなぶっ飛んでる映画だったんだね(笑)。あの六甲山の上の古いホテルは、あなたがどうしても使いたいと」

大森「『すかんぴんウォーク』の後、吉川晃司くん(の主演)でもう一本ということになって。あれの続編じゃなくて、別のものでと。どうすれば彼がかっこいいかなって考えて、古いホテルでピアノ弾いたらかっこいいかなってでっち上げた」

岡田「でっち上げる映画だよね」(つづく)

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