1998年、ボートにかける女子高生たちを描いた、磯村一路監督の青春映画『がんばっていきまっしょい』が静かに登場した。愛媛のボート部を描いた傑作映画は、映画賞を総なめ。主演の田中麗奈を一躍スターダムにのしあげた。筆者にとってはオールタイムベストの1本であるが、同時に磯村一路という当たり外れの激しい作り手との出会いでもあった。
舞台は1970年代の松山。高校に入学して空虚な日々を過ごしていた主人公の高校生(田中麗奈)は、ひょんなことから仲間(清水真実、千崎若菜、真野きりな、久積絵夢)とボート部を立ち上げ、ボートに没頭する。そんな彼女たちの前に、わけありのコーチ(中嶋朋子)が現れた。
ただ能天気に青春を謳歌するのではなくて、序盤に倦怠と懊悩が描かれた後で、それが歓びへ転じていく爽快感。クライマックスの試合のシーンではさすがに主題歌を流して盛り上げるものの、大半は淡々と叙情的かつドライにつづられるという語り口もいい。そして女たちへの畏れにも似た視線。
筆者は、新宿の古びた映画館で見終えて、感銘のあまりしばらく動けずにいた記憶がある(その映画館は取り壊され、現在は新宿バルト9に)。
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この磯村監督の作品をもっと見てみようと思いたったのだが…。ライターの黒田恵介氏が「磯村監督の作品を追いつづけることは長く険しい道だった」(『シネマガールズ』〈双葉社〉)と述べておられ、まさにその通り。新作も旧作も、見ていてきついものばかりなのである。木村佳乃が実家の近辺をふらふらするだけの『船を降りたら彼女の島』(2003)、さまざまな要素を詰め込んだあげく何がしたいのか判らない『雨鱒の川』(2004)など。ことに『Jリーグを100倍楽しく見る方法!!』(1994)やバブル期の就活を描いた『ギャッツビー ぼくらはこの夏ネクタイをする!』(1990)を見終えたときの「お前は何をやってるんだ?」と自問自答したくなるこの微妙な気持ちたるや…。
だが愛すべき佳作『あさってDANCE』(1991)によって、やはり磯村作品を見てきてよかったと思い直すことになる。
朝、主人公(石橋保)が目を覚ますと、となりに見知らぬ女(中嶋朋子)が寝ていた。やたらなれなれしい彼女の正体は…?
原作が同名マンガだけに人物設定は誇張されているけれども、現実離れしたストーリーの割に淡々と落ち着いた演出や、ヒロインに向けられる愛情と畏敬のこもった視線はやはり磯村作品であろう。
三角関係になる女性役には、ブレイク直前の裕木奈江が配された。『がんばっていきまっしょい』の出演陣(中嶋朋子、大杉漣、徳井優、ベンガル)も顔を揃えており、殊に両作品では別人のような中嶋朋子は特筆に値する。
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磯村監督は1981年に監督デビュー。『がんばっていきまっしょい』の成功後は青春・恋愛ドラマの監督と見なされているが、1980年代はピンク映画専門であった。
初期作品の中では、編集者の高崎俊夫と評論家の寺脇研が『エクスタシー 愛欲の日々』(1984)を最高傑作として激賞している。高崎氏によると「中年の不倫のカップルの行方を追う」この作品は「まるで<愛の不毛>を謳った初期のミケランジェロ・アントニオーニを思わせるような、独特のアンニュイの感覚が画面を覆い尽くしている」そうで「磯村監督は、愛欲を怜悧なまなざしでとらえている」という(http://www.seiryupub.co.jp/cinema/2012/09/post-53.html)。
一方、寺脇氏は『エクスタシー』と『がんばっていきまっしょい』は通じると記しており(「映画芸術」NO.387)、この時期の作品はなかなか鑑賞する機会がないのだけれども、ぜひ見てみたいものである。
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ピンク映画時代の磯村作品で筆者が唯一見られたのは、『団地妻 ニュータウン暴行魔』(1987)である。失業した性的不能者(下元史朗)がひと目惚れした主婦(和地真智子)を脅迫し、痴態を演じさせてそっと見守るという、女性に愛情に満ちた視線を送る磯村演出を象徴するかのような、メタ磯村映画とでも言うべき設定であった。
『ニュータウン暴行魔』のラストで男の想いは破れて、映画は唐突に終わってしまう。その点は『がんばっていきまっしょい』が主人公たちの敗退後にわずかなエピローグを経て、バサリと終わってしまうのを想起させた。そんなシニカルな感覚や、裏腹に女性への強い情愛に満ちたまなざし、そして映画全体を覆う淡々としたトーンは磯村一路ならではである(ちなみに男の役を好演した下元史朗はポルノ系の役者さんで、『がんばっていきまっしょい』では田中麗奈を診察する医師役。そちらにいやらしいシーンはない)。
磯村一路監督の打率は決して高くないのだけれども、まだ見ぬ旧作あるいは新作で、きっとまた(希望が潰えたころに)ヒットを飛ばしてくれるはず。そんな期待はどうしても消えない。