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小林信彦 トークショー レポート・『モロッコへの道』『シンガポール珍道中』『アフリカ珍道中』『アラスカ珍道中』『ミサイル珍道中』

 船の爆発によりモロッコに漂着したふたりの男(ビング・クロスビー、ボブ・ホープ)。ふたりは美しい姫(ドロシー・ラムーア)をめぐって騒動を巻き起こす。

 珍道中シリーズの『モロッコへの道』(1942)が2024年4月にリバイバル上映され、上映前に作家の小林信彦のトークがあった。小林先生は脳梗塞で倒れて以来、久々に映画館へ来たのだという。このとき91歳(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 初めてごらんになる人は幸せな方だと思います。私は中学2、3年で見たんで日本がアメリカと戦争をしたときに、アメリカが相手だってこと、いまは言わないとわかんないけど。アメリカと戦争して負けた。それは負けますよね(一同笑)。うちは関東大震災で焼かれて、空襲でも焼けちゃったんで、住むとこないんで、そういう状態に陥って暮らしてたんで。何でこんなことしてるんだろうっていうときに『モロッコへの道』を、何も考えないで見たんですけど。何となくアメリカの占領軍も日本人っていうのをあまり信用してなかったと思うんですけど。

 私は新潟に疎開してたんですが、東京でアメリカ映画の第1回上映があるって。(場所は)オーストラリアを意識してつくった邦楽座。父親はアメリカ映画の中で育ったわけで、こないだまではディアナ・ダービンがどうとか。それが戦争中は、明治座が焼けて…。だから戦後にアメリカ映画があるって聞いたら、それは見なくちゃいけない。父親は積極的で、新潟から見に来たんですからね。列車が混む中、出て来て。チャップリンの『黄金狂時代』(1925)と反ナチ映画をやっていて、だけど戦争がらみのは見たくない。チャップリンならいいだろう。父親も同じ思いだったんで。見に行ったら、お客はもうげらげら笑ってるんですね。床に転がって笑ってるって感じだった。びっくりしてね。それまで日本映画は結構好きで見てたけど、戦争やって勝つっていうパターンでしたから。チャップリンのはパンでダンスするとか。最後にものすごいドタバタもあって、そのときでも古い映画なんだけど、私は感動して見てよかったなという。アメリカ映画ってのは違うな。

黄金狂時代(字幕版)

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 片っ端から(コメディ映画を)見るようになって、ボブ・ホープの時代劇みたいなのも見てるんですけど、あまり感心しなかった。ただ『モロッコへの道』は題名だけじゃ何もわかんない。Road to…という(題名の)いわゆるロードピクチャー、日本語では珍道中という言葉がやがてつくられたんですけど(第3作の)『モロッコへの道』が最初に来たからその次は困ったでしょうけど、次(に日本で公開されたの)が『シンガポール珍道中』(1940)。ほんとは1本目。

 ちゃんと見れば1作目の『シンガポール珍道中』の終わりではっきり、ビング・クロスビーが二枚目でボブ・ホープが三枚目。でもビング・クロスビーもやってみると何だかコメディアンみたいな感じもありましたけど。『シンガポール珍道中』の終わりで日本語で「せっせっせ」と女の子がやるようなのをふたりでやって、後ろの悪い人間を倒す。次の『アフリカ珍道中』(1941)では後ろの悪のは知ってて、ビング・クロスビーとボブ・ホープが「せっせっせ」をやって目で合図してやっつけようとすると、悪い連中は知ってて押さえつけちゃう。

 『モロッコへの道』は真面目な映画だと思って見たから、何やってんだかわかんない(笑)。何しろビング・クロスビーとボブ・ホープが何でそこに来たのか、ドロシー・ラムーアも何で絡んで来るのかよく判らない。3人が入れ違って歌っちゃうのも、後になって見ると生ぬるい感じがするけれども、初めて見たらびっくりしますよ。中学生ですからね。とんでもないギャグが出てくれば、笑っていいのか悪いのかね。(主題歌は)自分たちがあぶなくなってもパラマウントは殺さない、っていう。そういうことを歌の中で言っちゃうから。

 ボブ・ホープはそもそも筋っていうのを認めない、みたいな。登場人物なんだけど(劇中で)筋を批判する態度を。アウトサイダープロットという。そういう語り口。ドロシー・ラムーアは何々だとか(台詞で)先に言っちゃう。最後は全部爆破するギャグで、彼の喋りで出てくるので贅沢っていうか。双葉十三郎さんはそういうのが判る方で。

モロッコへの道(字幕版)

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 双葉さんは「スタア」って雑誌の編集長をやってたんですね。中学2、3年で双葉さんに手紙を書いたら「あなたみたいな若い方が読んで感じてくれて嬉しい」って。私はそれ以上に嬉しかった。荻昌弘さんの弟が同級にいたんでね。

 そのうち『アラスカ珍道中』(1946)が出た。『モロッコへの道』のギャグのつくり方をもっと徹底して、魚が喋ったり熊が喋ったり。もう何でも来いみたいなね。最後まで見りゃ、あっと言いますね。あれは面白かった。

アラスカ珍道中(字幕版)

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 ウディ・アレンは明らかにボブ・ホープの映画を見て、ボブ・ホープみたいなつくり方をしたいっていう。師匠みたいな。ボブ・ホープじゃないんだから簡単にはできない。難しいテクニックを、コメディで使っちゃいけないテクニックを使って成功したんですよ。ほんとに面白いのは2、3本です。最後はアメリカでなくてイギリスでつくった『ミサイル珍道中』(1962)で、ドロシー・ラムーアも出なくて、そういうふうで終わっちゃったんですよ。

 ボブ・ホープは(珍道中シリーズの)何本目かのころ、収入がピークだったんですね。ビング・クロスビーも賞を取って、花道を通ってる。ドロシー・ラムーアも(キャリアが)長いですからね。だからこの人たちは芸人として落ちてきてこういうことやってるんじゃなくて、上がってる芸人が3人でふざけるというのは面白いですよね。

 最後の『ミサイル珍道中』はふたりとも歳とってあまり乗らないじゃないですか。私も見たけどディーン・マーティンが(カメオ出演で)出てくる。つまり笑いに自信がなくなってる。『モロッコへの道』と『アラスカ珍道中』は絶対面白い。その後の2本くらいも面白いけど。

 『アラスカ珍道中』は面倒くさいから “アラ珍” と略すんですよ。そうすっと『モロッコへの道』は “モロ珍” でしょ(一同笑)。

 

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