私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

大森一樹監督 × 岡田裕P トークショー レポート・『ユー・ガッタ・チャンス』(2)

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【吉川3部作のスタッフ (2)】

岡田「全く無名の人(主演俳優)で、原作もないしね。

 年に1回、渡辺晋さんの広尾の豪邸へ行って、そこで(脚本の)丸山昇一さんとぼくと大森さんで相談してつくっていった。晋さんもオリジナル作品だから嬉しそうで」

大森「音楽は晋さんが決めてた。『すかんぴんウォーク』(1984)のときは、宮川泰さん。『スター・ウォーズ』(1977)の人にするって言うから、ジョン・ウィリアムスかと驚いたら、『宇宙戦艦ヤマト』(1977)のことだった(笑)。宮川さんも映画が好きだからね。あの時代はスクリーンに映像を映して、指揮者が合わせて、音楽を一発録りしていましたね」

岡田「晋さんは音楽と映画がほんとに好きな人で、この3部作の少し後で亡くなられましたね」

 

 3部作の脚本は、映画『処刑遊戯』(1979)やテレビ『探偵物語』(1979)など松田優作とのコンビで知られる丸山昇一が手がけている。

 

岡田丸山昇一さんは松田優作の座付き作家みたいな人で、リアリズムをベースにしながら、そこをちょっと離れて書くのがうまい。こういう3部作には合ってるね」

大森「丸山さんのホンには、こんなん言わんわっていう台詞がある。でも吉川くんが言うとかっこいい。

 神戸へどうやって行こうって言ったのが、丸山さん。そこで(石原裕次郎主演の)『憎いあンちくしょう』(1962)のイメージが出てきた」

岡田「晋さんは、われわれが話してるのをニコニコして聞いて。業界のボスでいろんな噂もあった人だけど、このときは童心に返って愉しんでくれたね」

 

 企画・制作は東宝と渡辺プロだが、撮影には日活の撮影所が使われた。

 

大森「この3部作は日活でやったから。(日活では過去に)小林旭さんの渡り鳥シリーズがあったから、こっちもむちゃくちゃできた」

岡田「渡り鳥は、馬に乗ってギター弾いてるからね」

大森「馬を駐車場に停めてる(一同笑)。

 やっぱりスタッフが良かった。いい先輩方で、撮影所の映画はいいなって。いまは、現場でぼくがいちばん年上だから」

岡田「撮影所は映画の学校ですね。今村昌平から小林旭の渡り鳥まで、いろいろやる。(スタッフが)作品によって手を抜くとかない。いい年のおっさんがむきになってるのがいいですね。いまは1本1本がプロダクション制作ですから、ちょっと淋しいですね」

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  【俳優陣の想い出 (1)】

 主役の吉川晃司は声が高く、台詞もたどたどしく、いまとは別人のようである。

 

岡田「吉川くんは、このころは水球でオリンピックへ行くかって言われてたけど、まだうぶだった」

大森「(劇中で)吉川が不良監督(原田芳雄)に惹かれていくでしょ。晋さんが、ジュリー(沢田研二)も『太陽を盗んだ男』(1979)のときに長谷川和彦に惹かれてたな、どうしてスターってああいう不良監督が好きなのかなって」

岡田「晋さんは、ジュリーを奪われるような気がしたんだね」

 

 その不良監督役で『ユー・ガッタ・チャンス』(1985)に出演した原田芳雄は、前作『すかんぴんウォーク』でも異なる役柄を演じている。同様に『すかんぴん』『ユー・ガッタ』に、それぞれ異なる?役で山田辰夫が登場するが、原田・山田両氏ともすでに亡い。

 

岡田「吉川は、最近は役者としてよくなってるね。山田辰夫さんを偲ぶ会も会ったけど、感じがいいですよ」

大森「山田さんと原田芳雄さんの葬儀で会ったけど、ふたりの影響は大きかっただろうね」(つづく)

ユー★ガッタ★チャンス [VHS]

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