私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

大森一樹 × 岡田裕 トークショー レポート・『ユー・ガッタ・チャンス』(3)

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  【俳優陣の想い出 (2)】

 ラストでは唐突にグアムのヨットのシーンが入り、宍戸錠が登場する。

 

大森「あのラストのウィンドサーフィンは何であるのかね(一同笑)。多分、何かのタイアップでしょう。この当時、海外ロケって言ったら大騒ぎですよ。宍戸さんと2泊3日でグアムへ行ったんだけど、宍戸さんは多分何の役か判らず行ってる(笑)。

 渡辺晋さんは宍戸錠さんが好きで、錠さんが出ると映画らしくなる、あいつに「ユー・ガッタ・チャンス」と言わせたい、と」

 

 宍戸錠は3部作すべてに出演している。

 

岡田「宍戸さんは『テイク・イット・イージー』(1986)がいちばん飛んでますね」

 

 主人公を追いかける変な衣装の3人組(佐藤蛾次郎阿藤快中本賢)は、大森監督によると「吉川がもうちょっと真面目にやれって言ってた(笑)」。

 

【その他の発言】

大森「(冒頭のシーンは)007で始まって、コンサートのシーンでは吉川が唄いながらふたり(原田、浅野ゆう子)を逃がす。あれはヒッチコックの『知りすぎていた男』(1956)。一度やってみたかったんですよ」

 

 前半で吉川と浅野にからんだ男たちが突然踊り始めるというすごいシーンがあるが『ウエスト・サイド物語』(1961)だったらしい。

 

大森「『ウエスト・サイド』はすべってた(一同笑)。あれさえなければ(笑)。ダンスをちゃんと練習して行ったのに、当日雨が降っちゃって。

 最後に手を挙げるのはライザ・ミネリの『キャバレー』(1972)。他に『冒険者たち』(1967)も入れてあって、自分で愉しんでたね。

 この作品はスタートの時点では『エデンの東』(1955)にしようって言ってたけど、出来上がると全然違う映画になってる」

岡田「自主映画出身の映画好きが日活 × 東宝 × 渡辺プロの大舞台で好き放題やったわけだ(笑)」

大森「連日、見せ場ばかり撮ってました。神戸の追っかけは毎朝早起きして、交通のない時間に撮ってる」

 

 東京から神戸までロケして、見せ場も多く、予算はそれなりにかかったようである。

 

大森「金かけたわりにもうからなかった。特に『ユー・ガッタ』は、併映の『クララ白書 少女TYPHOON』(1985)が足引っ張って(客が)全然入らなかった。次(『テイク・イット・イージー』)はダメかと思ったけど(併映の)『タッチ』(1986)で救われた(笑)。その次の『恋する女たち』(1986)では併映が『タッチ2』(1986)と聞いて、それでやりますやりますと。『タッチ』が付いたら入るやろ(笑)。

 監督として、この3本でいろいろ教わったね。『ヒポクラテスたち』(1980)はまだ学生映画の延長ですよ」 

岡田「ほんとに愉しんでつくりましたね。晋さんが亡くなってから渡辺プロも変わって、この3部作はあまり表に出てないから。そんなにテレビ放映もしてないし」

大森「30年経ってまた見てもらえて、映画やっててよかったって思いますね」

 

 館内はやはり吉川晃司と同世代の女性ファンが多く、大森監督は最後にサイン攻めにあっていた。また『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998)などで知られる本広克行監督の姿もあり、1980年代に青春を過ごした世代の熱気が感じられた。