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シンポジウム “江戸川乱歩自筆資料の魅力と可能性”(石川巧 × 金子明雄 × 尾崎名津子 × 後藤隆基 × 戸川安宣 × 平井憲太郎)レポート(1)

 作家・江戸川乱歩が膨大な資料を貼りつけたスクラップの自分史・貼雑年譜。全9冊のうち、3巻目以降は未公開だったが、2023年にオンライン公開されることになった。公開を記念して同年11月に立教大学大衆文化研究センターでシンポジウム “江戸川乱歩自筆資料の魅力と可能性” が行われ、立教大の石川巧・金子明雄・尾崎名津子・後藤隆基、東京創元社の元社長でミステリ評論家の戸川安宣、乱歩の孫の平井憲太郎の各氏が登壇した(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 

貼雑年譜の総論】

 総論を後藤隆基氏が解説。

 

後藤「全9冊のスクラップブックで、乱歩自身はいろんな随筆に「貼雑帳」と書いていて。現在は大衆文化研究センターの委託資料です。

 評論家の中島河太郎は、乱歩個人の業績を知るには好都合だが探偵小説界の全貌を知るには偏り過ぎている、乱歩の収集癖を満足させる異色の自伝という言い方をしています。資料自体が語る乱歩の自分史というか、乱歩の視点が軸になっている。また貼り込まれている資料自体が明治以降、大正昭和の世相を伝える一次資料で、偏っていたとしてもデータベースを形成していると思っています。乱歩という作家がどのように受容されてきたかも、この資料から見えてくる。

 成立に関しては、1巻に時局によって文筆が不可能になったので、47年間のことを書いたと記されています。1955年7月に書かれた随筆「収集癖」で貼雑年譜が触れられていて、戦中に2冊の貼雑年譜をつくったが今後も暇ができればつづけていくつもりであると書いています。この段階では上下巻の2冊しかできていなかった。「宝石」に連載されていた「探偵小説三十年」、のちに『探偵小説四十年』(光文社文庫)に結実するんですが、その中で乱歩自身は折りに触れて貼雑年譜は欠かすことのできないねた帳だ、みたいに言及しています。常に貼雑年譜に立ち返りながら『探偵小説四十年』を書いていった。

 最初は「探偵小説三十年」のタイトルで「新青年」に連載されて、その後で「宝石」に舞台を移して、1954年11月に一旦『探偵小説三十年』として書籍化されます。次に「探偵小説三十五年」として「宝石」に連載され、1960年6月に終わって、書き足したものを『探偵小説四十年』として1961年に単行本化しています」

後藤「「探偵小説三十年」の連載51回、1955年12月ですが前回までで貼雑帳が終わってしまったとあって、貼った資料を使いながら自伝を連載していたんですね。だから自伝を執筆する前段階として貼雑年譜のつづきをつくらなきゃいけない、1941年度以降をつくる必要があるが、切り抜き類も溜まっているが原稿の締め切りもあって整理ができなかったなどと書いています。貼雑年譜の2巻は1940年で終わっている。

 乱歩は、3巻以降は「続貼雑帳」と言っています。『探偵小説四十年』はその年ごとの主なできごとが書いてあるんですが、1954年以降のはまだ貼りつけてないとあります。1954年の記事を書いているのは1959年の時点なんですけど、まだ貼雑年譜の第5巻あたりはつくっている最中だったことが伺い知れます。また1959年には切り抜き通信社があって、全国の切り抜きを送ってくれるという記述があります。もちろん大量の資料から取捨選択するのは乱歩自身なわけですが、しかし偶然性を含めて乱歩が目にした記事をピックアップしていたときと専門業者がまとめてどさっと大量に送ってくるのとでは、収集方法も大きく変化しています。情報が均質化したとまでは言いませんが、乱歩が気づいたものを集めて貼ったのと、とりあえず大量に来たものから乱歩が選んだというのとでは、プロセスの性質が違うかなと。

 貼雑年譜講談社版と東京創元社版のふたつが出版されて、外に開かれていく。2002年に関連資料を立教大学がご遺族から譲り受けて、貼雑年譜立教大学が責任を持って管理する立場になりました。紙の資料は劣化していくものですので、いかに保存するかが大きな課題になっています。2010年度から2015年にかけて、京都の株式会社大入に全9巻の修復やデジタルスキャニングを依頼して順次実施しました。そのデジタルデータを使って、今回公開されるオンライン版ができたんですけど」

後藤東京創元社版で修復を担当された花谷敦子さんが、修復されたものは中性紙に変えたりして乱歩による全くのオリジナルではなくなったと指摘されています。重要だと思っており、時間に抗っていかないといけないのが紙資料を保存する立場ですけれども、いかに残していくか。あるいはいずれ失われる可能性も考えて、こういうオンライン版を保存するとか、紙に刻まれた資料をどう残していくか。貼雑年譜に限らず、議論していくことが必要なんだろうなと感じています。

 現物ではないけれども遠隔地からもデータを閲覧可能になります。現物ですと出し入れする度に劣化は進みますので、その意味で現物の保存には重要でしょう。オンライン資料の可能性の拡充にもつながっていくと思います。ただ一方でデータさえあればいいわけではなくて、現物を触ってみないと判らない情報もたくさんあると思うんですね。東京創元社さんの復刻版などを通して貼雑年譜を構成する要素が多様であることも見えてくる。第1巻の冒頭はデータだと普通の紙に見えるんですが、よく見ると雲母引(きらびき)なんですね。きらきら光っていて、台紙に貼られている。常に現物を、というわけではないんですが、デジタルデータを有効に活用しつつ、一方で現物を見て研究していく。両面が必要です。

 NHKで『探偵ロマンス』(2023)というドラマが放映されて、若き日の平井太郎(乱歩)が登場しています。演出の方にお話を伺ったら、とにかく貼雑年譜を見たそうです。市販されている1~2巻ですが、研究だけでなく創作でも乱歩を知っていく資料として活用できる例かと思っております。

 貼雑年譜に貼り込まれなかった資料群もたくさんありまして、そういったものの整理も必要ですし、その他の関連資料の整理も必要で喫緊の課題であると思っております」(つづく