私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

シンポジウム “江戸川乱歩自筆資料の魅力と可能性”(石川巧 × 金子明雄 × 尾崎名津子 × 後藤隆基 × 戸川安宣 × 平井憲太郎)レポート(5)

【第7~9巻について (2)】

金子「次に新人への配慮です。江戸川乱歩賞を取った作家たち、仁木悦子の作品が映画化されるとか、そういう記事をご本人に送ったと書いてあるんですね。陳舜臣さんの地方紙の記事も送ったと。戸川昌子さんは送ってないのかな、何かあったのか判りませんが(笑)。

 受賞者の記事をたくさん集めてご本人に送ったのは、新進作家に対する思いやりとか励ましとか。プロデューサー的な発想で作家を育てることに関心を持っている。一方でこれらの記事はそんなに深い批評でなく、乱歩賞を取ったという情報レベル。探偵小説圏外、素人から関心を持たれているというのを乱歩は重視しているということですね。文壇にミステリーが流行している情況は間違いなくて、新人売り出しのプロデューサーが乱歩だって記事もあります。いくつか流派があるんだけど、そのひとつは乱歩だと記事は言ってますね。台風の目が乱歩で、ブームの仕掛け人としての乱歩。一生懸命引き受けようとしていたんだと思います。

 「サザエさん」のマンガも貼ってあって(その中で)近ごろ流行りだから自分も推理小説を書いてみようか、みたいなことが言われています。こういうブームに乱歩は浮かれているのでなくて、ちょっとクールな感じを持っている。ブームになって、名前も「推理小説」に変わって、女性読者も増えて作家も増えて、乱歩がプロデューサーを務める。でも情況にクールな目があるということかな」

【パネルトーク (1)

 戸川安宣・平井憲太郎両氏を交えてパネルトークが行われた。

 

平井貼雑年譜のためにいつから切り抜き通信社に頼んでたか判らないんですが、結構な金額みたいですからね。思い切って発注したと思うんですけど。地方紙の記事がいつから増えてるか調べれば判るかもしれません。地方紙は普通、東京では手に入りませんから」

金子「コピーがない時代ですから1回切り抜いちゃうともう使えない」

平井「裏表を使うかもしれないから2紙とってたみたいですね」

尾崎「乱歩の「収集癖」という文章を見ると、私はビックリマンシールの世代で何かを集めるとすぐ飽きちゃうんですが(笑)乱歩は「人々はなぜ他人の物ばかり集めて自分のものは顧みないのであろう。自分が一番可愛いのだから、自己蒐集こそ最も意味があるのではないか」。清々しいと思って、収集の概念が違う。乱歩を愛せるというか、いい人なんだなって素朴に思いました(笑)。人柄が伝わるなと」

 

 乱歩はジャンルに対する責任感があったという。

 

石川「当時の乱歩にとって自分自身とジャンルとの問題は切り離せなかったんじゃないか。自分がもし公職追放などに遭えば、探偵小説界全体が沈滞してしまう。自分が領袖というか、そのジャンルを率いている意識は強くあったと思います。書く機会を奪われないために、という証言をしたのは自分の問題であると同時に探偵小説界全体の問題だったのではないかと」

金子「探偵小説というジャンルは、個々の作家のジャンルに対する意識が強いというのは大きな特徴だと思いますね。普通に小説を書いている作家だったらそんなことは思わないけれども、探偵小説はジャンルの約束ごとがあって、それに沿って書く作家が仲間としていないと難しいと意識している。ひとりひとりの動きがジャンル全体の動きに連動しているのが、特徴として指摘できる。

 乱歩にはコンタクト志向というのがあって、相手とつながっているということ。あるメッセージを媒介にして、発信者と受信者が確実につながってる感覚を持ちたいと。自分の言ってることがどう伝わってるかが不安だという要素があると思うんです。探偵小説は特定のメッセージを込めているのではなく、芸術的なものだったらメッセージかもしれないですけど、探偵小説という形のものを書いているわけだから、相手がどう受けとめているのかはすごく気になる。

 もうひとつは商業的なルートで文学ジャンルがつづいていけるのか、衰退しちゃうのかが気になる。芸術だったら全く売れなくてもいつか認められればいいんだよって思えるかもしれないけれども、それよりいま読者に伝わっているかが、ジャンルが生き残っていくためにはセンシティヴにならなきゃいけなかったのかなと」

平井「少年読者からの手紙が大量に残っているんですね。昭和30年代は作者の住所が書いてあって、◯◯先生にお手紙を出そうみたいに。結構たくさん来てたんですね。いろいろ片づけていたらはがきなど残されていて、大事にとっといたというのは自分自身の存在意義を発見したのかなと」

石川「乱歩の入り口は学校の図書館なんですね。少年探偵団シリーズが図書館にあったんです。乱歩を読むことが学校で推奨されて、画期的なことだったのかな」

 

 特に印象に残っている作品が挙げられた。

 

石川「『孤島の鬼』(創元推理文庫)は大変素晴らしい作品だと思うんですけど、長編としての魅力があるかというとあまり感じない。入れ子の構造とか同性愛とか素晴らしい特徴はあるんですけど。戦時中の『偉大なる夢』は長編を構想して、江戸時代から始まる歴史を描こうとしていましたけど、魅力的だけど上手くいってない。乱歩には長編を描くのと違う特性があるんじゃないかと」

平井「『孤島の鬼』はストーリー性という意味ではよく判らないところがありますね。ミステリーと言っていいのか。竜頭蛇尾になって、書き出しはかっこいいのに終わりはなんかふにゃふにゃと終わっちゃう。苦手意識があったのかもしれません。長編を頼まれれば仕方なく始めるけど、できれば受けたくない気持ちは多分あったでしょうね。雑誌社としては連載がほしいので、長編ないし中編を頼んでくる。雑誌は連載が命ですからね。得意分野と注文が一致しないつらさはあったんじゃないかと思います」

戸川「小説としての形態で見事にできているのは『怪人二十面相』(ポプラ社)だと思うんですよ。連作短編みたいな長編なんですけど、ひとつの事件が終わってまた次が起こる。明智が外国に行っていて不在のときは少年助手の小林が担当し、やがて明智が帰ってくるとか構成も見事。ただ少年物で枚数が少ないので長編ではないかもしれませんが、構成が上手くいっているという意味では『二十面相』かなと」(つづく