かつて歌手だった男は、いまは劇場の前に位置するカフェで働いている。ある日、別れた妻が偶然カフェに現れ、男はいまも歌っていてきょうは劇場で著名なビビ萩原と共演するんだと懸命に見栄を張った。だがその元妻の正体こそが…。
元夫婦の再会をコミカルに描いた三谷幸喜脚本。その1本を複数の演出家がリレー方式で撮っていく異色の深夜番組が『3番テーブルの客』(1996)である。筆者は最近の無料配信で見ることができたので、シリーズの中で気味の悪さを感じたエピソードを記録に留めたい。
本作は同じ話が毎週違うキャストと演出で放送されるわけで、極めて独創的だったと言っていいだろう。監督には河野圭太、鈴木雅之、星護、山田和也など当時三谷脚本を手がけていた面々に加えて宮本理江子、藤田明二、岩本仁志といったテレビ系演出家や伊丹十三、和田誠、蜷川幸雄などの大物も登板した。監督はそれぞれの意図で自由にシナリオを改変しており、特に後半になると筋を変更しすぎて原型をとどめていない回すらある。
その放送の折り返し地点で、『北の国から』シリーズなどで知られる杉田成道の演出による時間拡大のスペシャル版「3番テーブルのもう1人の客」が流れた。スペシャルだけに通常とは異なり、冒頭に宝田明がナビゲーターとして登場。
「この『3番テーブルの客』が演出されていく、つくられていく過程それ自体をドラマにしてみようではないかということなんです。題して、ドラマがどうやってつくられるのかのドラマ、とでも言いましょうか。この厄介な仕事に見事にトライして、挑戦してくれたのが何と、彼なんです」
そして今回担当の杉田成道監督が紹介される。
宝田が「どうやってつくられるのかのドラマ」と言うように、杉田の回は『3番テーブルの客』のいつもの展開が舞台劇(劇中劇)で、上演の裏側を描く内容になっている。三谷幸喜は映画『ラヂオの時間』(1997)や舞台『国民の映画』(2011)などバックステージドラマを多数手がけているが、この『3番テーブル』の時点での代表作はテレビ『振り返れば奴がいる』(1993)や『古畑任三郎』シリーズであり、この杉田回の設定は偶然の措置だったと想像される。シナリオは杉田によって書き直され、クレジットは「翻案:杉田成道」。
三谷はエッセイでこの杉田回に関して回想する。
「『3番テーブルの客』のお正月特番で、杉田成道さんがやった演出がまたこたえた」(『仕事、三谷幸喜の。』〈角川文庫〉)
「この番組には一つ辛い思い出があって。
杉田さんの回は、脚本家の台本が遅れて芝居の内容がどんどん変わっていくという、もともと僕の書いた台本とはまったく違うものになっていて。たぶん僕がモデルであろう作家の悩む姿がうしろ姿だけで出てきたり。現場は幕が開くか開かないかの状況ですごく焦っているというせっぱ詰まった設定になっていたんです。
当時、僕は『巌流島』で実際にそういう経験をしていて、結構ブルーになっている時にそれを見たので、なんでこんな当て付けのような設定のものを、しかも自分の関わった番組でやるんだろうって、さらに落ち込んでしまった」(同上)
この放送の3か月前、現実に三谷脚本の舞台『巌流島』(1996)の台本が間に合わず、初日延期で準主役の陣内孝則の降板という事態に至った。混乱はマスコミでも報じられていたけれども、その記憶の新しい段階で杉田回はよりによって三谷脚本を使って、騒動を連想させるような趣向を凝らしたのだった。テレビならではの速報性でもって虚実皮膜の面白さを狙った…と言えば聞こえはいいが、随分えげつない感を持つ。三谷は「たぶん僕がモデルであろう作家」と記すけれども、劇中のポスターには「四谷幸喜」と記載され、後ろ姿の映る作家は三谷と似た髪型で、本人にしか見えない。
「バカ野郎! きょうが初日!? んなことは判ってるよ。舞台稽古!? んなことはできるわけないだろう。ホンができてないんだから。とりあえず5日分、払い戻すしかないだろう。賠償? バカ野郎! 払うよ。首括ってでも払うしかないだろう。マスコミには制作側のミスってことにしとけよ。作家の先生? 座敷牢、閉じ込めてあるよ」(つづく)