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岩井俊二 トークショー(市川準監督特集)レポート・『トキワ荘の青春』(3)

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【映画の構造について (2)】

岩井「『スワロウテイル』(1996)は『漂流姫』(1986)と篠田(篠田正浩)監督の『はなれ瞽女おりん』(1977)を掛け算して2で割ったみたいな。

 初期の市川(市川準)作品は、こういうフォーメーションなんだなと当時分析してて。『BU・SU』(1987)と『会社物語』(1988)と『つぐみ』(1990)は、原作も違うし脚本家も違うのでどうやって一致させてるか判らないんですが、ストーリーはすごく似てる。鬱屈した主人公がいて、クライマックスで解き放たれる。言葉を必要としないクライマックスがあって、主人公が一段上に行くかに見えて、雲散霧消して。気がつけばもとの位置に戻っているのか、後退してるのかという残酷な結末が待ってる。毎回似てるフォーメーションだと思ってて、こういう語り口を持ち得てるというのが、市川さんの独特なところだなって。つくる側であまり気にしてない人が多くて、毎回変えていいみたいな。するとうまくいったり失敗したりを繰りかえす。イチローが毎回同じフォームで打つように、ある形を持ってそこから変化させていったほうが。基準となるフォーメーションがあるほうが、上手くことが運べる。映画ってコントロールできないくらいバランス調整が難しくて、短篇だと勢いで行けるんですけど、2時間の映画だと調整の難易度は上がってくる。市川作品だけじゃなくて、エイドリアン・ラインとかのフォーメーションを分析して、じゃあ自分のフォーメーションは何だろうって大学のときに探求して。それを、実際に映画を撮れと言われたら引き出しから出して『Love Letter』(1995)と『スワロウテイル』に使っていく。この2本は自分にとって同じフォーメーションなんですね。フォーメーションが先にあって、そこに乗っけるということにトライした。上手くいくと、今度は変形してみたらどうなるだろうとか。登場人物の心情とかエピソードとかとは違う軸で見ている。市川作品も他の作品も、バイオリズムを測定するみたいに分析する癖があって、自分の作品もそうやってつくる。余談ですけど親戚の高畑勲さんの回顧展を見てて、絵コンテにやっぱりバイオリズムみたいなのが書いてある。似たようなことやってるなと思って(笑)。誰も語らないですが、みんな実はそれぞれに方眼紙に書いてたり、エクセルで数値にしてたりするのかなって絵コンテを見て思いました。そうじゃないとコントロールできない。人のイマジネーションには限界があって、日によってアップダウンもある。全体を測るのが意外と難しくて、みんなそれぞれの技で管理していろんなことをやってるのかなと」

市川準市川崑

岩井「(市川準監督との)つき合いはほとんどなかったですけど、舞台を見に行ったときにご挨拶させていただいたりとか。1度お電話をいただいて、突然電話がかかってきたんでびっくりしたんですけど「きみの絵コンテを見たけど、あれは何で描いてるんだい?」と(笑)。Photoshopってソフトなんですけど、とか。息子さんが詳しかったのか、息子さんに(電話を)代わって説明したような(笑)。誰に番号を聞いたんだろうという(一同笑)。

 市川崑市川準、こんなそっくりな名前でぼくが好きなふたりです。市川俊になりたいとずっと思ってて(一同笑)。

 市川崑さんと市川準さんは、CMという観点でも近い時代にいい作品をやられてましたね。崑さんのサントリーとか。通じるものがあって好きだったのかな。今度は “準と崑” みたいな特集を(一同笑)。同時代として重なるものがある気はしますね。両方から勉強させてもらって」

尾形「『トキワ荘の青春』(1996)のあたりで、市川準さんが東宝で編集やってたら隣がたまたま市川崑監督で、ご挨拶したら崑さんが「よく親戚の方ですかって言われるんだよ」って笑ったという。

 市川準さんが亡くなられる4か月くらい前に、私は銀座で働いてたんですけど、ちょっと飲みに来ないかって言われて日比谷のガード下の焼き鳥屋に行ったんです。市川崑さんの現場(リメイク版『犬神家の一族』〈2006〉)を見て、崑さんは『犬神家の一族』(1976)を撮ったのが還暦で、岩井さんをはじめに新たな監督に影響を与えたという話をしたら、準さんはいいこと聞いたとおっしゃってて。残念ながら60を前に亡くなってしまって」

岩井「『ヴィヨンの妻』(新潮文庫)を市川崑さんとやろうとして、脚本を田中陽造さんが書いてしまったんですね。ぼくの企画は、市川崑監督のタイポグラフィーに絶妙にはまるタイトルをさがしてたんです。『人間失格』(同)だと四角四面ではまらない。『ヴィヨンの妻』はかっこいい(笑)。もちろん内容もありきで、女性を市川さんに描いてほしいと。そのときに誰かに市川準さんもこの(同様の)企画を進めてると言われたんです。ふたつ同時に出るのは芳しくないと思ったら、市川崑さんはあんまり乗ってなかったかな(田中脚本は根岸吉太郎監督で『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』〈2009〉として映画化)。

 崑さんの南平台のご自宅にお邪魔して企画開発に参加してた時期がありました。『本陣殺人事件』(角川文庫)も脚本は完成したんですけど、やりたくないということで。その後でいくつか企画が頓挫したみたいで、電話かかってきて『ヴィヨン』はどうなってる?みたいなことを訊かれた気がします。そのうちに亡くなられてしまって。表現者の晩年というか「もう時間がないんだ」という。最後の最後まで、歳だしもう映画なんかつくらなくていいかみたいには、全くなってない。そういう人を目撃して、若いころの刷り込みで、定年はないんだ(一同笑)。自分も死ぬまでか、みたいな覚悟をさせられた体験ですね」

 

 石ノ森章太郎役のさとうこうじ、つのだじろう役の翁華栄の両氏も場内にいらしていた。