【ふたりの初顔合わせ (2)】
長谷川「おれはデビュー作の企画を練ってて、予算なくて仕掛けがあるのは無理。両親殺しの小説を読んで、そういや両親をきっちり殺した映画は見たことない。わくわくして、両親殺しでデビューは悪くねえだろう。タイトルは “親殺し” ってつけたんだ。そのつもりだったらATGは企画には乗ってきてもう「監督」って呼んでくれたんだが「 “親殺し” じゃまるでATG映画みたいだから」って(一同笑)。おれがシナリオ書いた『青春の蹉跌』(1974)はヒットしてたから、それじゃ“青春の親殺し”か。あるいは『青春の殺人者』(1976)って否定的に言ったら「いいですね、それにしましょう」って決まった。おれはいまでも抵抗がある。否定的な冗談だったんだ」
水谷「ぼくも “親殺し” はいいなあって」
長谷川「そうだよな」
水谷「どっちにしてもギャラはないし(一同笑)。『青春の蹉跌』は大好きな映画でそのイメージもありましたね」
長谷川「蹉跌とくっついてるからな。蹉跌なんて言葉、お前意味判らなかっただろ」
水谷「判らなかったです」
長谷川「おれも判らなかった(一同笑)。辞書引いた記憶があるよ」
【撮影現場の想い出 (1)】
水谷「撮影の前日って覚えてます? 千葉でいっしょに街に出ようって言って出かけて、風呂に入ったんですよ」
長谷川「そうだ。おれが洗ってやったんだろう」
水谷「ぼくもお返しに洗いましたよ。洗い合ったんですね。撮影でちっちゃな民家を借りてたんでそこのお風呂に入って。監督が「自分の映画に出る俳優を好きにならないと撮れないよ」ってぽつんと言ったんですよ、お風呂で。ちょっとドキドキしたのを覚えてます(一同笑)」
長谷川「美枝子(原田美枝子)はまだ17だったよ。いちばん大人だったな。芝居でも豊のほうが上がってた。豊はラブシーン俳優じゃないからな」
水谷「(笑)」
長谷川「昔、美枝子と3人でトークショーやったよな。そんときに美枝子は裸にやっぱり納得してないんだって判ったよな。当時の美枝子は堂々としてたけどな。17歳なのにいちばん大人の顔してるよ。ベッドシーンもひるむことなかった」
母親役の市原悦子と殺し合いになる。
長谷川「市原さんが刺しに来るとき、腋毛が生えてて。この映画の母親が剃ってるとおかしいってことで剃らなくて、この人すごいなって思ったな。市原さんとは共演したか」
水谷「その後は『幸福』(1980)って市川崑監督の映画で」
長谷川「また殺したのか(一同笑)」
水谷「最後まで生きてましたよ」
長谷川「彼女役?(一同笑)」
水谷「いやいや、ちょっと訪ねて行って話を聞いて。いわくある家庭のお母さんですね」
長谷川「お前らは主演男優賞と主演女優賞とったけど、この人にも3つぐらいあげたかったよな。おれも監督賞で、当然この人も助演賞かと思ったけど。この人の気合がないとあの現場はもたなかったな」
血のりでは苦労したという。
長谷川「安い映画だから(経験のある)スタッフもいなくて、血のりも用意してなかった。血のりが下手で「ちょっと痛いけど切れ。自前の血でやれ」(一同笑)。スタッフは「監督、ほんとに出すんですか」って。おれは冗談で言ったんだけど。「血のりだよ」って言ったら「血のりって何ですか」(一同笑)。そういうレベルで素人に近いんだよ」
地井武男も出演しているがカットされた。
長谷川「地井武男は映ってないんだが、両親の死体を発見するくだりがあるんだよな。切っちゃって。撮りっぱなしは3時間ぐらいあったからな。地井武男に言われたよ。「ゴジよ、おれもあれだけならノーギャラみたいなもんだな」。でもおれはもっとノーギャラだ。地井は安く出てくれたんだけど、見せ場のつもりでガラスの前でひっくり返ったら手を切っちゃって(一同笑)」
水谷「ほんとの血が。この作品がきっかけで仲良くさせていただいて。病院に入る前日も会いました」
主人公のスナックの場面では出演者が集結。監督もわずかにカメオ出演している。
長谷川「スナックの開店のシーンのときにオールキャストとスタッフで写真撮ったんだよな。相米(相米慎二)もいるな。ヒゲで犯人みたいな(一同笑)。青木覚えてるか」
水谷「覚えてます。監督の同級生」
長谷川「フジテレビのディレクターになった。機動隊の隊長が阿藤快で、そこに青木もいる。入院しててきょうは来られないって連絡あったが息子来てるよな。この俳優は誰だっけ?」
水谷「えーと…江藤潤!」