私の中の見えない炎

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中野昭慶 × 樋口真嗣 × 森遊机 トークショー レポート・『火の鳥』(2)

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【『火の鳥』の時代(2)】

中野「「ネッシー」は大ミュージカルにする予定だったんです。特撮のミュージカルは初めてで、作曲家と打ち合わせもやった」

「だから『80日間世界一周』(1956)のマイケル・アンダーソンが監督にノミネートされていたんですね」

中野「中身を詰めていったら難しくなってきて、アンダーソンが「おれはだめだ」って言い出して(制作が頓挫)。その後で『火の鳥』(1978)。「ネッシー」でふらふらになってるところで『火の鳥』に入りました」

 

【『火の鳥』の特撮】

中野「(市川崑手塚治虫両氏と)雑談はしてました。どうやれば面白くなるかなと。アニメーションをどの程度使うかとか。詳しい打ち合わせはやってない」

樋口「どうすんだろうなと思ってたら、なるほど火の鳥はやっぱりアニメになっちゃったか。でも改めて見させていただきましたけど、特撮を結構使ってますね。沖雅也さんが焼かれるあたりとか残ってる。ここまで撮ったんだというのが見えるのはちょっと嬉しいですね。

 (戦闘シーンで)市川崑さんが珍しく馬を撮ってる。こう撮るんだっていう、モンタージュも面白い」

「夜襲で馬が粉塵を上げる場面で、中野監督が地面に撒いたと」

中野「粉を撒いたんですよ。それと馬のしっぽを上手く使うと煙が上がる。走るときにしっぽをおしりにつけて走るんだけど、しっぽを持ち上げる。そのために後ろ脚を調整すると、煙が舞い上がる。後は扇風機ですね。

 エアブラシも使って。合成もしてます。現場で撮ったのは平面だけで、奥行きを出すために別に撮ったのを合成して雰囲気を出す」

「原作にもある火の球を転がすシーンはアニメでやる予定だったけど、長田千鶴子さんがおっしゃるには手塚プロのほうでアニメは時間的につくれないということで、追加撮影で実写でやったと」

樋口「追加撮影だったんですか。

 中野監督の『ゴジラ』(1984)の後で東宝ホリゾント裏の倉庫にビル街(のミニチュア)をしまうんで、だから昔の模型を棄てろって言われて。棄てるのもったいないって言うとお前マニアかってマニア狩りで外されるんで。いくつかは棄てないで保存のために横流し。その中に火の鳥があって、もさっとしたやつで最初は判らなかった。映画を見ても出てこないし。首を見たら火の鳥じゃん! 羽はなくて首だけ。美術助手の高橋勲さんが持ち帰って。

 (鳥のような)飛びものは難しい。(『ガメラ 大怪獣空中決戦』〈1995〉の)ギャオスで懲りましたからね(笑)。夢に出るぐらいで、これをあしたも撮らなきゃいけないのか。ぼくがやったガメラでは、その後で飛びものの怪獣は出てこないですね。数を絞ってCGにしちゃった。ピアノ線を使って吊るのが厭で、見えちゃうんですよ。昔はキングギドラカマキラスにクモンガによくやってましたね」

中野「その通りで鳥は禁物。大嫌いだね(一同笑)」

樋口「(自分が『火の鳥』を監督するとしたら)おれは本当に燃やしたい。羽ばたく造形物をつくって、火をつけてぼわーっと(一同笑)。仕掛けが途中で燃えちゃうならスタントマンを入れて羽ばたいてほしい。火が羽ばたくって見たことない。昭慶さんはそういうことをやろうとしてたんじゃないかと」

【その他の発言】

樋口ピンクレディーの「UFO」とか痛いんだけど、最近になるとそういうのも許せる。通過して、純粋に愉しめるようになってきた。すると『日本誕生』(1959)以来の古代日本を描いた話だし」

「世評的に『七人の侍』(1954)みたいな言われ方はされないですが、愛すべき映画だと思っております」

中野「こんなに綺麗な映画があるのかと思わせたい。華麗さで勝負をかけようと思ったんで、全編に色調整をして、当時のフィルムで出せる限り発色させたと思うんです。

 今回は最初からブルーレイでやればよいというぐらい綺麗になったね。ブルーレイの威力と言うか、ぼくのイメージした天然色になっていると思います。映画の中身は別にして、色彩部分を堪能していただきたいと思います」

樋口「きょう35mmで見るというのは当時の体験に限りなく近いと思います。字幕のどーんとくる感じとか(笑)。(ブルーレイのブックレットを見ると)こんなにプリプロダクションに時間をかけていたのか。当時の洋画並みの大作として取り組んでいたんだなと」