テニスのインターハイを目指して特訓していた主人公(片平なぎさ)は、ボールが目に当たって負傷。無免許医ブラック・ジャック(宍戸錠)の角膜移植手術を受ける。恢復した主人公だが、手術後に視界に謎の男(峰岸徹)が現れるようになった。
手塚治虫のマンガ『ブラック・ジャック』の実写映画化に、当時新人監督だった大林宣彦が果敢に挑んだ『瞳の中の訪問者』(1977)。公開当時は不評で上映が早々と打ち切られてしまったが、いま見ると長尺を持て余している感もあるものの十分愉しめる(友人役の志穂美悦子もいい)。
1月に目黒にて『瞳の中』と『無法松の一生』(1943)のリバイバル上映と大林・犬童一心両氏のトークショーが行われた。別の日に大林監督のデビュー作『HOUSE』(1977)も上映されており、犬童氏は「『HOUSE』と『瞳の中の訪問者』を映画館で見たかったんですね」という(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。
犬童「長門裕之さんが両方に出てる。無法松の子ども時代と、片平さんのお父さんが長門さん。それくらい時間が経ってますが『瞳の中の訪問者』からも40年ですか。自分の人生にびっくりですね」
大林「この『HOUSE』と『瞳の中の訪問者』は犬童さんが選んでくださって、あと2本は大林さんがと言われて」
今回の『HOUSE』の同時上映は佐藤肇監督『吸血鬼ゴケミドロ』(1968)。
大林「『HOUSE』を出しましたとき、インディーズと言えば聞こえはいいですけど、アマチュアの映画作家が東宝の撮影所で初めて撮るわけで。そこでいろんなことを仕掛けまして。ノベライズを担当してくださったのが佐藤肇さん。それで迷わず『HOUSE』の2本立ては『ゴケミドロ』だと。
候補は5、6本挙げたけど、35mmではできない。日本では小津(小津安二郎)さんの『東京物語』(1953)も黒澤(黒澤明)さんの『白痴』(1950)もネガがない。日本では、映画は消耗品で、文化が消滅していると感じました」
【『瞳の中の訪問者』(1) 】
大林「1960年代から(映画館で)見なくなってね。映画が日常と近くなって、小屋まで行かなくても新聞読んでるのと同じだと。
映画は嘘だけど、嘘以上にマコトを描いてる。昔から言われていたことです」
犬童「『HOUSE』や『瞳の中の訪問者』がそれを提示してますね。徹底して嘘ですって見せていく。『瞳の中』の “嘘です攻撃” はものすごい」
大林「あの当時の映画はアメリカもリアリズムで、日本もそうなって “ホント” しかない。ここで撮るなら徹底して嘘をと『HOUSE』を撮って。こんなの映画じゃないって言われることは予想していて、案の定言われて。『HOUSE』はプロの裏返しでアマチュア映画をやるつもりで。1本で止めるつもりだったけど。
プロデューサーが山口百恵のデビューのとき(「伊豆の踊子」を)やってくれと言われて。でも3日しかスケジュールがないと。西河克巳さんは(百恵主演で)『伊豆の踊子』(1974)を3日で撮ったそうですけど。
ホリプロの笹井(笹井英男)さんが「テヅカジチュウの『ブラック・ジャック』って知ってる?」って。「オサムだよ」「ああ、オサムって読むのね」。それで、うちの片平なぎさを売り出すからどうだと。当時、ロサンゼルスでカーク・ダグラスのCMを撮る予定で断ったら「大林さんやらないなら、誰かに頼むしかないな」と。それでカーク・ダグラスは1か月待ってもらって。
でも『ブラック・ジャック』は患者の話で、ブラック・ジャックは狂言回し。映画にするのは難しくて、そこで手塚治虫論をやろうと。それがいけなかった」
犬童「批評的な映画ですね」
CM演出家・映画評論家で、ダグラスのCMをいっしょにつくる予定だった石上三登志も参画。
大林「黒澤さんも手塚マンガが好きだったし、手塚さんもぼくのマンガを映画にするなら黒澤さんしかできないと言われて。
手塚さんは児童マンガにこだわった人です。大人マンガも試みてらっしゃるけど、基本は児童マンガ。敗戦国で、自由な夢を見られなかった。ぼくなんかかろうじて同世代で、10歳上ですけど、デビューからぼくたちはつき合ってて『マァチャンの日記帳』読んでて「テヅカオサムシさん」という紹介文を読んで、やがてオサムになったけど。『ロスト・ワールド』とか(タイトルに)横文字が使えることが平和の象徴で。
手塚マンガはキャラクターシステムで、ヒゲオヤジがいろんな役で出てきて探偵になったりいい人になったり悪い人になったり。敗戦のぼくたちの体験とで、いっぺんにいろんな(外国の)映画が来て、ジョン・ウェインが偉い人だったりチンピラだったり。ハンフリー・ボガートは名優だけど、出てきてすぐ死んだり。
『瞳の中』では峰岸くんがピアノ弾くシーンの後ろにヒョウタンツギが出るシーンで、涙がこみ上げる。ここで涙か怒りがこみ上げるかで、評価が分かれる(一同笑)。
ぼくらが子どものころも、手塚さんは深いマンガ描いてて、最初の『ロスト・ワールド』ではヌードも強姦シーンも出てくる。醜い博士が植物少女をつくったら、尊敬しますが愛することはできないと言われて。そしてアセレンチ・ランプが、宇宙船の中で少女を強姦しちゃう。そういうマンガをお描きになってて。(手塚さんの)少年時代に横で幼い妹さんが絵を描いてて。(それ以来)エロティックなものを描くと、妹が叱ってる気がすると。手塚さんの純潔を妹さんが守ってくれた。それで手塚マンガが悪い方へ行こうとすると、ヒョウタンツギが出てくる。
(『瞳の中』の)あの愛はハイブロウな愛で、そこにヒョウタンツギ。あそこは怒ってる人が多い」(つづく)
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