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黒沢清 × 新井卓 トークショー レポート・『ダゲレオタイプの女』(2)

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【『ダゲレオタイプの女』について (2)】

黒沢「何でオリジナルで長い? うーん、何ででしょうね(笑)。ひとつ言えるのは、フランス語で俳優が話しているので…。ちょっと前のはつないだら2時間半くらいあって、これは不必要と思うところを切っていくと、案外短くなる。でもフランス人がフランス語で演技してると切れないんですね。会話が始まって脚本通り終わると、いいように思っちゃう。日本語だと脚本通りでも、ここが切れるって判るんですよ。見極められる。フランス語だと見極められなかったですね。脚本通り、言い切って終わる。長くなっちゃいましたけど、退屈はしないと思うんで…」

新井「見て連想したのは『モレルの発明』(水声社)という小説で、写真に撮られると皮が剥がれて死んじゃって、映像になる。外から侵入者が来て、その人たちを観察する」

黒沢「全然知らなかったな…」

 

ダゲレオタイプと映画 (1)】

 黒沢氏が『ダゲレオタイプの女』(2016)の取材のために会ったのが、日本で唯一ダゲレオタイプをやっている新井氏。かつてのフランスでは、年間何百万枚も撮られていたという。

 

新井「一般の中流階級の人が初めて写真を残せたのが、ダゲレオタイプですね」

黒沢「どうしてお若いのにそんな写真を…(一同笑)」

新井「黒沢監督は、おじいちゃんが来ると思ってたと(一同笑)。ぼくは映画が好きで、やがて古いのに興味が移っていって。リュミエールの映像見てると不思議で、ちょっと怖いような感じで。初めて人が新しいテクノロジーを手に入れると、畏怖というかこういう感じになる」

黒沢「最初は(写真でなく)映像から入ったと?」

新井「『ボーイ・ミーツ・ガール』(1984)が綺麗で、夜のシーンで黒が滲むような…。カメラを調べて、それを買って」

黒沢「ムービーカメラを回そうとは?」

新井「経済的に手が出なくて。集団行動も苦手で、まずは写真をやってからと」

黒沢「軽い好奇心でダゲレオタイプに近づいていって。映画と似ているところはあると思うんだけど、よく判りませんね。ただ目の前にあるものを四角に切り取る、カメラという装置があって。そのカメラをどこに向けて、どこに置くのか。そこから始まると言う点は、当然ながら同じかな。

 (映画も写真も)逆方向は写らない。枠の外は写ってない。デジタルで360度全部写るってのはありますけど。写っているものの中でどうするか」

新井ダゲレオタイプは古い技法と言われてるんですけど、1日1枚(が限度)で複製もできない。写真というには、ちょっと違うかなと。絵画と版画が違うように。失敗も多いので、撮るときは祈るような感じです」

 『ダゲレオタイプの女』には巨大なカメラや現像機が登場するという。

 

黒沢「等身大の大きさまで引き伸ばして、大きなダゲレオタイプの写真をつくるという設定で、なんとなく取材はしたんですけど。ぼくがフランスで見た資料によると、巨大なカメラがつくられた記録はあったんですよ。映画の中のより大きい。でもイラストだけで、ほんとに存在したか判らない。ほんとにやっても失敗したと思うけど。5mくらい」

新井「マンモスカメラってやつかな」

黒沢「そのイラストをもとにしたりして。大きくしたいって欲望はあったと思います。絵画に比べれば小さいですから。

 ジュロームさんというお年の方に教わって、俳優たちもアトリエに行って工程を手伝ったり。本物っぽくつくってあります」

新井ダゲレオタイプはあぶない技法で、水銀を使う。

 (劇中で)巨大な現像機が出てきたとき、奇声を発してしまって、変な目で…(笑)」

黒沢「ジュロームさんは、水銀は使ってないらしいです。危険ですから」

新井「使わないと撮影に時間がかかります。太陽光であぶり出す」

黒沢「映画の中でも、防毒マスクで作業する。新井さんもされてましたね」

新井「万が一に備えて」

黒沢「気軽に手を出せない。でもその分、取り憑かれる人が出てくる」

新井「水銀は中毒性があって、おかしくなる。帽子をつくるのにも水銀を使ってて、帽子屋さんも気が狂うとか。マルケスの『百年の孤独』にも出てくるんですが、おかしくなるのも水銀の効果ですね」

黒沢「新井さんは大丈夫ですか?(一同笑)。水銀中毒という設定はおもしろいですね。

 とてもめんどくさいやり方で撮っていくのが判ってきて。いまどき写真はどなたでも、スマホで一瞬で撮れてしまう。動画も簡単に撮れてしまう。ぼくがやってる仕事でも、使ってるのはデジタルでフィルムではありません。ごく簡単に映ってしまう。ですが、ワンカット撮るのに1、2時間かける。数十秒のカットに、俳優にここに立ってくれと、衣装着せて照明当てて、リハーサルして。ここが違うとか何度かやってOK。すごいものが映ったに違いないという幻想の中で、いまだに仕事をやってて。スマホで撮ってる人から見れば、ダゲレオタイプの世界です。

 映画はいつ消えてもおかしくないメディアですがぎりぎり存在していて、お客さんも映画に特別な何かが映ってる、何かが宿ってるという幻想を信じて、見に来てくれる。ダゲレオタイプのころと、さほど変わってない。現実を映し込んだものを、想いを込めて見る。その作業に寄りかかってつくられていて、過去の遺物と言えば遺物。それが世界に流通している。今回、彼(主人公の写真家)は時代に取り残されて、最終的に幸せになれない。それはまさにぼくたちだよねっていうふうに、自嘲気味に彼を描きました(笑)」(つづく) 

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