私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

青山真治 × 黒沢清 トークショー レポート・『空に住む』『スパイの妻』(1)

f:id:namerukarada:20201125164325j:plain

 両親を亡くした主人公(多部未華子)は、叔父夫婦(鶴見辰吾美村里江)の気づかいでタワーマンションの高層階に猫と移り住む。同じマンションには謎めいたスター俳優(岩田剛典)もいた。職場とマンションを往復して漂うように暮らす主人公の生活に、やがて不穏な影が差していく。

 『EUREKA』(2000)や『サッド ヴァケイション』(2007)などで知られる青山真治監督の7年ぶりの長編映画『空に住む』(2020)が公開中。同名小説(講談社)を原作に、青山監督が脚本も担当している。

 11月に新宿にて、青山監督と黒沢清監督のトークショーが行われた。青山・黒沢両氏は長いつき合いで、青山氏は黒沢作品の助監督も務めている。黒沢監督の新作『スパイの妻』(2020)は第77回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。  

【『空に住む』 (1)】

黒沢「ぼくもついさっき見たところで、とても新鮮です。思いつくままの発言になってしまうかもしれませんが。

 怖かった。『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)を思い出しました(一同笑)。多部未華子さんが鬼気迫る感じでラストシーンだけ彼女の顔が明るくなるんですが、それまでは暗くて、髪の毛が前にばさっとなったり影がかかってきたり。空中に浮いているような高層マンションの部屋はモダンなつくりで一見おしゃれなんですが、位牌が置いてあったり、猫の骨もあったりして。不気味な叔父さん夫婦がいつ出てくるか判らない(一同笑)。多部さんは狂っていって。いまどきの首都圏のおしゃれな生活を描いているようで、その裏にある狂気や孤独。猫も普通はかわいく撮るのに、不気味ですよね。死の象徴で、あの猫が死んでいく。他の人が来るとあの猫はいなくて、ガラスが割れたりするとふっと寄ってくる。猫がいつフレームに登場するかに緊張感があって、死そのもののように感じました」

青山「というふうにお考えになるのは、黒沢さんだけですね(一同笑)。ぼくもあの夫婦を見ながら『ローズマリーの赤ちゃん』と思ってたんですが」

黒沢「どう見てもそうでしょ。あの地下室とかも」 

 友人(岸井ゆきの)の結婚式で、主人公が幼い女の子をじっと見るシーンがある。

 

黒沢「途中で岸井ゆきのさんが結婚する教会の前で、大森南朋さんが奥さんと歩いてる姿を多部未華子さんが見る。その後ろに少女がいて、あれは誰なんですか」

青山「あれは大森さんと片岡礼子の夫妻の娘という設定ではあるんです。何の説明もないんですけど」

黒沢岸井ゆきのさんって背が小柄なので、幻影かなとか思ったんですが(一同笑)。気味が悪い、これは怖いと。娘さんとは失礼しました」

青山「何故、娘を多部未華子がそこまで凝視するのかは謎ですけど」

黒沢「まがまがしいものを見たような」

 

 役者の声についての質問があった。

 

黒沢「役者の声は生まれ持ったものですから変えようがないですけど、独特の声はあの人だとすぐ判る。映画をつくるうえでいいなと思ってます。多部さんの声もまろやかで、しかも緊張感がありますけど」

青山「このふたりでしゃべると褒め殺し合いになってしまうんですが(一同笑)。『スパイの妻』の高橋一生さんも蒼井優さんも、失礼かもしれませんが目をつぶってても判っちゃう」

黒沢「ぼくの映画にも出てもらったことがあるんですが(上司役の)高橋洋さんもいい声ですね」

青山「どこへ転がっていくか判らないような声ですね。滑舌がいいんだか悪いんだか」

 

 黒沢氏の『空に住む』への影響について語られた。

 

青山「ふたつばかり黒沢さんに負っているところがありまして、ひとつはこの映画の主人公の名字ですけど。私が黒沢さんの助監督をやっているころに、もうひとりの助監督と小津安二郎の晩年の作品の話をしていて、そのタイトルを言ったら、黒沢さんが来て「関西ではコバヤカワとは言わない、コハヤガワと言うんだ」と教えてくれて。今回の出版社の社長役の岩下(岩下尚史)さんに「京都の人間なんだけどコハヤガワって言っていい?」と言われて、ぼくはわが意を得たりという感じでどうぞ!と。高橋洋は「コバヤカワさん」と言うんですけど、最終的に関西弁をしゃべってしまう高橋洋がコバヤカワと言って、関西弁を使わない岩下さんがコハヤガワと言う。何でひねくれるのかよく判らないですが」

黒沢小津安二郎の晩年の作品(『小早川家の秋』〈1961〉)をどっちで言うのか、映画関係者でも割れるんです。通常は “コバヤカワケノアキ” で舞台は大阪なんですが、劇中ではコハヤガワさんと言っているという奇妙なねじれ現象が起きている」

青山「黒沢さんに説明させてしまいました(笑)」つづく 

 

【関連記事】黒沢清 × 篠崎誠監督 トークショー レポート・『蛇の道』『蜘蛛の瞳』(2)