私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

塚本晋也 × 黒沢あすか トークショー レポート・『六月の蛇』(2)

【現場の想い出 (1)】

黒沢「塚本監督のご指導のもとに歩みを進めて、撮影期間をクリアしていくことで頭がいっぱいでした。きょう見直して、りん子があえぐ顔、口の開き方までこのタイミングで「「おー」から「あー」にしてください」(という指示)とか、息遣いのカウントとかもあって、監督の緻密な計算のもとに私はりん子という女性を生きていたんだと思い返しました」

塚本「ぼくはこの脚本を書いた後に最初の思惑と違った映画になっていくのを感じてはいたんですが、台本だけ見ても理解してくださる方はいらっしゃらないかもしれないってどきどきしてたんですけど。黒沢さんはすっと挑んでくださって。きょう見直してもまっすぐな形で、お芝居の正確さが素晴らしいなと思って」

黒沢「編集上、素晴らしく見えただけです(笑)。私は自分の肉体がコンプレックスで、子役からこの世界にいて、きゅんとした上唇はメイクさんに嫌われたんです。「どんな口紅を載せても輝かない」って。高級な口紅の発色が悪いと。肩幅もあって、太ももも太い。撮影当時29歳だったんですが、唯一賞賛してくださったのが塚本監督だったんです。太い二の腕を「その腕がいいんです」。華奢な体つきじゃないって言ったら「イタリア女優みたいじゃないですか」って。何から何まで受け止めてくれて。自己肯定力が低い私にとって、親の言葉よりしみ込んできました。この世界で必要としてもらえたって。この肉体を思いっきり撮ってもらいたいと思って、はずかしくなかったです。りん子を地でいってますね。

 資材置き場で1枚1枚脱いでいくときは、濡れてなくてすいすい脱げるんですけど「本番行きます」ってなってじゃんじゃん雨降らされて、気持ちは乗ってきてるのに、伸び縮みする洋服が濡れてまとわりついてうまく脱げないんですよ。段取り通りやらなくちゃって妙にくねくねして。(服を投げたのは)リハーサルのときのカウント通りにいってないんで、突発的に投げてしまったらいいんじゃないかって。あさましいんですけど取り繕うように投げたという(笑)」

塚本「りん子が叫んだりするのは、ぼくがお願いしたんじゃなくて黒沢さんのほうから「ここは叫んでいいでしょうか」。ぼくは「よろしくお願いします」。他に「跳んでもいいですか」とか」

黒沢「(笑)塚本監督は現場で否定されない。まずやってみてくださいっておっしゃるんですよ。それで何もおっしゃらないときはOK。監督が思い描く演技や映像でないときは「ちょっと待ってください」って補足して導いてくれる。口の開け方ひとつも細やかです」

塚本「いままではぼくが主人公を演じたり、田口(田口トモロヲ)さんにお願いしたりしてやんちゃな主人公だったんですけど、今回は黒沢さんなんで「いいなあ~こういう役をやれて」っていうか(笑)。ちょっとジェラシーもあって。ヨーロッパの映画とかで、演技だけでなく肉体性も素晴らしくて自分をばっとさらけだしてる女優さんが好きで、ジェーン・バーキンさんとか。ある種のあこがれがあって黒沢さんにも「いいなあ~」と(一同笑)。願望が露呈してきたのかもしれません。不思議な性癖の話になってきますけど(笑)」

黒沢「意外ですね。撮影現場では、私は監督に女性性を感じてたんです。監督が脚本も書かれてすべてを担っていらっしゃって、こういった女性の感情を文字で起こすことができるのは、ご本人の中に何かがないと書けないんじゃないかなって思いました」

塚本「部屋の中で雨が降ってるように見えるように、ガラスをめらめらっとうまく反射させたりして。特別な2、3シーン以外はホースの雨ですね。ホースを上に向けただけ。りん子さんの写真を撮るシーンとかは消防署のホースを借りて。『七人の侍』(1954)のような雨がいいということで」

黒沢赤坂見附の駅からとらやの前を上がったところです。そこだけ敷地が空いてたんですね。夕方からスタッフのみなさんが、空き地の周りのビルから見えないように隠してもらっていました」

塚本三越のシーンは借り切って、みなさんエキストラです。お金はなかったですけど、丁寧に頼めば貸してくれたんですね(一同笑)。スタッフが丁寧に。貧乏自慢してもしょうがないんで、これからは大金持ちにならないと(笑)」(つづく