3.『セクシーボイスアンドロボ』(2007)
ロボットアニメが大好きなオタク青年(松山ケンイチ)と、七色の声を操る女子中学生(大後寿々花)。コンビを組んだふたりは、骨董屋店主(浅丘ルリ子)の指令で、不思議な事件に挑戦する。
『野ブタ。をプロデュース』(2005)をヒットさせた木皿泉の次作では、前作につづいて若い主人公が活躍する。だが同名の原作マンガ(小学館)の知名度は高いわけでもなく、主役コンビ(松山、大後)はテレビ初主演で、しかも新設されたドラマ枠で放送されるという、比較的万人向けだった前作の反動なのかかなり挑戦的な装いであった。しかも第1話において基本設定はそれほど説明されずに展開が進んでしまう(これで大丈夫かと思ったら、案の定視聴率は低迷)。
他者との関わることの難しさが台詞でダイレクトに言及された『野ブタ。』につづいて、『セクロボ』でも、人生論・職業論・恋愛論など関係性が強調される。
「そうよ、あなたのせいよ。だってあなた、ひとりで生きてるんじゃないもん。この世界にあなたは関わってるの。どうしようもなく関わってるのよ」(第1話)
「自分のやりたいことをやるのが、自分らしく生きるってことだと思ってるんだ?」
「違うんですか?」
「違うわね、全然違う。気の進まない仕事でも、押しつけられたことでも、自分のやり方でやり通す。それが自分らしく生きるってこと」(第3話)
前半は独特な事件ドラマとして快調だった『セクロボ』だが、中盤に至ってメッセージが叫ばれるだけでひねりのない話があったり(第6話)、陰鬱なタッチが目立ったり、変化が生じ始める。『すいか』の出演陣(浅丘、小林聡美、ともさかりえ、もたいまさこ、片桐はいり)が同窓会的に顔を揃えた第8・9話は、キャストが重複するだけに、『すいか』より虚無的なトーンが際立ち、やや絶句するものがあった。評論家の宇野常寛は「時代の要求に必要以上に応えようとして、作家が半ば壊れていくのが画面から伝わってきてしまう」(『ユリイカ』2012年5月号)と評していて、何となく納得する感もある。先に引用した台詞のように、「押しつけられた」企画でも自分のものにしてみせる、という気概でこの作品に取り組んだのかもしれないが…。
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4.『Q10』(2010)
ある日、クールな高校生(佐藤健)の前に、女子高生の姿のロボット(前田敦子)が現れる。ロボットをめぐって、クラスメートや両親など周囲の人間模様は揺れ動き、変容していくのだった。
「2025年に国語の教科書から、永遠という言葉が消される。そして私たちは永遠という言葉を失う。
わかる? 永遠はないの。
いつかは、全部終わるの」(第4話)
『セクシーボイスアンドロボ』以来3年半ぶりの作品は、社会との関わり、友愛、現実と幻想など木皿思想の集大成とも言うべきファンタジー大作となった。前作から長い空白を経たことについては、体調悪化や前3作を手がけた河野英裕プロデューサーと絶交していたゆえと説明されているが(『アエラ』2010年10月25日号)、やはり作家としての行き詰まりもあったように思われる。
河野プロデューサーとの関係を修復して臨んだ『Q10』は、佐藤健と前田敦子という若手の人気者を中心にクラスメートや大人たちが描かれるという『野ブタ。をプロデュース』の学園ドラマのスタイルを踏襲しつつも、より散文的・野心的な構成になっている(とりわけ第1話後半の脈絡のなさには呆気にとられる)。ただシリーズの後半に至ってクラス全員の合唱シーンが無理くり挿入されており、やはり盛り上げるための妥協もあったのかもしれない。
木皿作品に繰りかえし描かれた、世界・他者との関わり。悲しい世界で他者と関わって、生きる充足を得るには、どうすればよいのか。『Q10』において、ある哲学的回答が提示される(それを本欄でばらす愚は避けたい)。
「Q10(キュート)を愛したように世界を愛せよ」(最終話)
「このドラマはフィクションですがあなたがいると信じる限り登場人物たちは、誰が何と言おうとどこかで生き続けます」(同)
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5.『世の中を忘れたやうな蚊帳の中』(2011)
妻(薬師丸ひろ子)は上司、夫(田中哲司)は部下。夫婦は同じ職場で働いている。あるとき、妻は夫にリストラを宣告しなければならなくなった。
NHKBSプレミアムのドキュメンタリー『しあわせのカタチ〜脚本家・木皿泉 創作の“世界” 』(2011)の中で放送された、劇中劇ならぬドキュメンタリー中劇。コントふうの短篇だが、夫婦を脇でなくメインのモチーフとして描いたのはこの作品が初であろうか。
「どこ行くの?」
「この世の果て」
『野ブタ。』『セクロボ』『Q10』のラストで描かれたのは別れだった。悲しみに満ちていても、希望を予感させても、どこかで別れの日はやって来る。だが『蚊帳の中』では夫婦は帰るべき場所だと強調されていて、この年に広大な土地が灰塵に帰したことの木皿に与えた影響を想像してしまった。
『人生、成り行き 天才落語家立川談志』(2013)は見逃した…。
さて、目前に迫った『おやじの背中/ドブコ』(2014)では、『野ブタ。』で好演した堀北真希が主演で、『Q10』『蚊帳の中』や舞台『すうねるところ』(2012)など近年の木皿作品の顔である薬師丸ひろ子も登場。どんな境地を見せてくれるのか、期待と不安が交錯する。
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