私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

塩田明彦 × 文月悠光 トークショー レポート・『害虫』(1)

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 病んだ母親と暮らす中学生・サチ子(宮崎あおい)。学校に行かずに当たり屋(石川浩司沢木哲)とつるんでいたが、そのひとりはトラブルに巻き込まれてしまう。友人の夏子(蒼井優)が心を砕き、学校に通うことになるも今度は母の再婚相手(天宮良)に襲われる。

 過酷な境遇にいる女子中学生がやがて周囲を破滅に追い込んでいく映画『害虫』(2002)。公開から20年を経て、1月に当時と同じユーロスペースリバイバル上映が行われた。上映後に塩田明彦監督と詩人の文月悠光氏とのトークショーもあった(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 

【20年後の『害虫』】

塩田「劇場で見るのは公開当時以来なんですけれども、衝撃を受けました(笑)。年とって心が弱ってるのかな。つくり手としての自意識がもう全くないので、一観客の状態で見られたので言葉を失ってしまって、考えていたことが全部飛んでいます。」

文月「どこが衝撃だったですか(笑)」

塩田「一途に、この世の中から不幸がなくなってほしいと思いました。この映画をつくってスタッフや関係者の試写をやったとき、終わった瞬間に関係者が試写室から蜘蛛の子を散らすように消えていきました。一切目を合わせたくない空気。監督はこの映画で終わったな、二度とこいつに次の作品はないなという。嘘でも面白かったですよというお愛想すら言いたくない空気。宮崎あおい伊勢谷友介だけが「面白かったー」って(笑)。で、3人で蕎麦を食った。それがいまや20年経って上映してもらえた」

文月「ラストでスクリーンから消えて行ったふたりがお蕎麦屋さんでいっしょになってるようで(笑)。

 声をどうかけていいか判らない感じですね。主人公がその後どうなったのかに触れるのも厭な感じというか。私はいま30歳ですけど、大学進学してすぐの時期に早稲田松竹で拝見しました。当時ぎりぎり10代で、周りの大人よりも少女たちのほうに感情を入れて見てしまって翻弄されました。サチに入ってしまって」

塩田「脚本の清野弥生さんが、このシナリオを書いたときに30歳。映画美学校の生徒で、面白いと思って撮ったんですけれども。関係者の酷評に関わらず、若い女性に訴えるものがあるみたいで、それがぼく自身も把握しきれてない。山戸結希監督も思い入れてくれてるみたいで、他にも若い女性の監督に『害虫』が好きですって言われるんですけども、その焦点がぼくは判りきってない。女の子がひどい目に遭うこんな話を何でそんなに好きになれるんだろうなと」

文月「代表することはできないんですけど、今回見てても思ったのは、サチが巻き込まれていくことにひたすら受身ですね。当たり屋とかも周りの判断で。自分が過去に関係のあった先生ともいっしょにならない。夏子が助けてくれても頼らなくて、どれも切り捨てる。最後に来た伊勢谷友介さん演じる男のことも1ミリも信じてない。この子はすべてをあきらめて醒めた目で見ているけど、この子ひとりを害虫として排除することもできない。去年くらいに朝日新聞のウェブ版に『害虫』について書かせていただいたんですが、周りのゴミのような大人が彼女を害虫に仕立てていると、大人になった目でみると理解できる。10代のときは、何なんだこの子って突き放された感じで展開が読めなくて。火炎瓶を準備し出す、ナンバーガールがかかり出したあたりから怒涛のように。(主人公は)現実にはいないんじゃないですか(笑)。出会えるのはスクリーンの中だけだなって感じはしますけど」

【サチ子と夏子の人物像 (1)】

文月宮崎あおいさんがすごくよかったのかな」

塩田蒼井優さんもぼくは好きですけど」

文月「もちろん。両者が逆を演じてても不思議じゃないなってきのうぐらいに思ったんですけど、でもこの『害虫』は宮崎あおいさんがサチを演じる以外にありえない。サチの雰囲気は汚れのない感じでありながら、何を考えてるか判らない怖さもある。大人が圧倒される感じ。ただ大人を翻弄する少女ってだけなら熱気を持って見ることはできないです」

塩田「あこがれるものがあるんですかね。不幸な目に遭ってるのに、妙な親和性を持ってしまう」

文月「守る物がない勢い。ただ彼女は目の前のことにひとつひとつ気づいているのが、表情や流れから見えてくる。すべてを判っている感じでもない。火炎瓶を投げたりしたのも、いたずらというか当たり屋をやってみたいという延長線上で、でも家が燃えているところを目撃して後ずさる。あのときの表情の変化につかまれましたね」

塩田「彼女がうろたえるのはあの瞬間だけですね」

文月「あそこでようやく崩れて、手紙でしか明かされなかった感情が噴き出す。もうここにはいられないと悟っていくのがあのシーンに現れてる。ただショックを受けたという感じではなく」(つづく