私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

塩田明彦 × 中森明夫 トークショー レポート・『麻希のいる世界』(3)

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【アイドルのいる世界 (2)】

中森2007年に映画美学校で塩田監督を紹介されて、お会いするのはそれ以来で15年ぶりなんですけど。「お会いしたかったです。監督が変態なのは判ってますから」って言ったら不審な顔をされた(一同笑)。『月光の囁き』(1999)、『ギプス』(2001)、『害虫』(2002)で変態だと思うじゃないですか。

 ところが『黄泉がえり』(2003)や『抱きしめたい』(2014)で、商業主義に転んだのかと。監督だって家族もあるし食ってかなきゃいけないし、と思ったら帰って来てくれた(一同笑)」

塩田「あらゆる作品に全身全霊を込めて撮ってるんですよね。『害虫』や今回の作品にだけ力を入れているわけではなくて、常に(一同笑)。毎回、撮影の最終日が終わったら、2~3日寝込んで立ち上がれないぐらい疲れるんですね」

中森「黒塩田と白塩田がいるとしてぼくは黒塩田派で、その中でも『麻希のいる世界』(2022)は、極まった感じが」

【宗教と『麻希のいる世界』】

中森「昔「ぴあ」って雑誌があって「ぴあテン&もあテン」というのがあって、ぴあテンはその年にいちばんよかった映画。もあテンはもう一度見たい映画で、70年代後半はずっとスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968)だったんですね。1978年だか1979年だかに(今回のトークの会場でもある)新宿武蔵野館でやって、見終わった後にエレベーターで、バカップルの女のほうが「何、あの板みたいなの?」。男のほうは「神だよ。あれは神なんだよ!」とか言ってて。そのことを『麻希のいる世界』は彷彿とさせて、新宿武蔵野館史に残る映画だと思いましたね」

塩田「中森さんに由希(新谷ゆづみ)が信仰のように麻希(日髙麻鈴)を見るって言われて、なるほどなと。自分で考えてたわけではないんだけど、この愛情関係は百合とかレズビアンってくくりにはしたくなかった。もっと全人格的な熱愛、友愛、博愛、依存まですべてを含んで相手を求めてる。それが信仰だって言われるとそうだ」

中森「人が人を好きになるっていろんなレベルで、親子の愛とかいろいろあるけど、最後まで極まるとこの映画みたいに。口で言うとかじゃなくて、映画からひしひしと伝わってくる。

 アイドルの語源は偶像で、教会のキリストとかの代わりになるものですね。宗教の原点はアイドルで、この映画の麻希みたいに人をどんどん惹きつける。みなさんも麻希のいる世界の住人ですよ。若い子で、コロナ禍で高校に入って同級生の顔をマスクなしで見たことなくて修学旅行もないと。そういう人がこの映画を見たら、麻希のいる世界から帰って来られないかも」

塩田「それならそれでもね(一同笑)。

 ただ話の構造として、ギリシャ神話の「ローレライ」のように美しい歌声が人を惑わしていくってモチーフはあったんですね。この歳になって10代の女の子を描くなら、世俗のリアリティはつかみようがないわけです。そこが問われないように、抽象的に普遍性を持たせてつくったほうがいい。青春映画や音楽映画というより神話構造だと思ってつくってはいたんです。ぼくの知り合いの映画関係者の若い人に読ませたんですよ。その20代の人が「これは私の青春そのままだ!」って言い始めて、お前はいったいどういう生き方してきたんだ(笑)。こういうことがほんとにあって、私と彼女の関係はほんとにこうで、麻希にあたる子はいま更生して結婚してるんだけどいまでも好きだと。抽象的な次元にすると、逆に誰かの人生に触れてしまう」

中森マーケティングしていまの世相に媚びたら古びてしまうけど、本質を突かれて描かれたものはリアルですね。ましてコロナ以降の今後の青春像は変わっていくでしょうから、この作品は予見的というか、出るべくして出てきた映画なのかな。リアリティの質が変わって、修学旅行とか普通の日常だと思ったものがなくなって、何を信じていいか判らない。ぼくらよりも若い世代は不安定な中で生きてる」

【最後に】

中森「『ドライブ・マイ・カー』(2021)じゃない、このふたりに何らかの新人賞を取らせないと。残念なことにアイドルには賞がない。モー娘。ファンとか○○ファンというのはいるけど、アイドル全体のファンは案外少ない。映画は評論があって賞があって、おれたちは映画が好きだって啓蒙されてる。『害虫』の宮崎あおいみたいに、この『麻希のいる世界』のふたりもすごい位置に行ってほしいんですが」

塩田「売れてほしいと思っています」

中森「今年のナンバーワン映画という感じがする。アイドルのカルチャーと塩田監督という傑出した映画の人との交差点ができて、素晴らしい映画だと思います」

青い秋

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