私の中の見えない炎

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大森寿美男 × 山崎秀満 × 三沢和子 × 宇多丸 トークショー レポート・『黒い家』(4)

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【美術と制作現場 (2)】

宇多丸「小林(小林薫)さんと大竹(大竹しのぶ)さんが「やかんじゃねえよ。約款だよ」って言い合う。後で小林さんの死体の横にやかんが置いてある」

山崎「(森田芳光)監督がやりたいと」

宇多丸「やかんで言い合った相手の横にやかんをという幸子ギャグ(一同笑)」

 

 『黒い家』(1999)ではクライマックスの手前で会社のガラスが何故か割れるのだが、シナリオにはなく撮影日に起きた事故を取り込んだのだという。

 

宇多丸「当日起こった事故で、暑すぎて割れたという」

山崎「照明部さんが蒼くなってましたね。大きなライトで表から当ててて、中は冷えててその温度差でわれてしまったガラスが」

宇多丸「割れた窓越しに空を撮ってて、まがまがしいですね。幸子が来る伏線になっている。来ると思ったという感じになってる。現場のアクシデントや思いついたことを上手く取り入れてますね。

 昭和生命のロゴも、普段見ている分には何とも思わないけど、クライマックス手前だとボーリングの球が飛んでくるのを明らかに予告しているように思えます」

山崎「あれはボーリングの球から発想してデザインしてます。迫ってくるイメージで」

 

 トイレの窓からボーリングの球が主人公を襲ってくる。森田監督のアイディアなのだという。

 

大森「監督が「トイレからいきなりボーリングの球が飛んできたいんだ」っておっしゃって。ここは8階ですよ(一同笑)。「それはこっちで考える」と」

宇多丸「考えるって言っても特に理屈はないですね」

大森「その伏線としてガラスが割れたのかと思ったんですが。何かを飛ばす力があるということで唐突感がなくなる」

宇多丸「映画づくりのダイナミズムというか、すべてが思い通りには行かないからこそ妥協ではなくプラスに転じさせていく」

大森「大きな力ですね、監督の資質として」

宇多丸「常に考えていると、ぴぴっとつながるというか」

山崎「こういう映画になるとは全く思ってなかったです。ラッシュとか見ていて映像美とかコントラストとかすべてが面白かった」

【その他の発言】

宇多丸「森田さんの初期の『遠近術』(1972)には『黒い家』のオープニングの気持ち悪い向日葵の原型がありますね」

三沢「そうですね。あと若槻が途中で外を見たらカメラがすごい速さでバウンドする。あのカメラワークも『水蒸気急行』(1976)とか『工場地帯』とかでやってますね。自主映画時代のことが、こういうふうにポップにやろうというときには使えるんじゃないですか」

宇多丸「突飛な部分はあるけど映画全体に合致していて『黒い家』を見るとこれ以外ないなという感じなんですが、韓国版(『黒い家』〈2007〉)を見ると普通こうなるだろと(一同笑)。この話をごく普通に解釈すれば。バイオレンスシーンは派手で面白いんですけど。改めて森田さんの『黒い家』は変な映画だなと思いますね」

三沢「つい最近PFFの森田特集で『39 刑法第三十九条』(1999)を見たんです。『39』は気持ちの映画ですからね。本人は、『39』は人間を描いたもので『黒い家』は全く違うものですと。心のない人間が出てきて空っぽの心、黄色の怖さに徹した映画だなと。情緒的な音楽、見る人の心にしみたり誘導したりする音楽がないですね。ここまで徹底してたんだと改めて思いましたね。人間が出てないとか言われることもありますけど、ここまで勇気を持ってやっちゃうんだときょう見直して発見がありました」

大森「ダメ出しは厳しい口調ではないです。「こうなんだよ!」って興奮したように喋るんでぼくも「そうっすね!」ってなっちゃう(笑)。こないだ言ったことと違う、ひっくり返ったりもしました。常に全力で語りかけられるので、その思いに応えたいというか。

 直接聞いたか読んだのかは忘れたんですけど、森田さんは「ぼくの作品歴はカタログにしたいんだ」と。こんなのも撮れますといろんなジャンルに手を出して全部できると見せたい。そういうことができるのは森田さんの中のポリシー、哲学がぶれないから、結局は森田映画になっていく。ばらばらに見えて、森田映画になっていく強さ。人間は強いものにあこがれますから。表現者としての強さに惹かれるし、威圧的な強さじゃなくて愉しんでつくる伸びやかさがある。最近は強くあこがれを持つようになりました」

山崎「森田さんに感謝したい。ぼくの映画人生も変わって、6本やらせてもらいましたがもっと関わりたかった」

宇多丸「山崎さんの参加された作品は特に美術の力が大きいですね。『間宮兄弟』(2006)はあの部屋がひとつの主役でもある」

山崎「いつやってもプレッシャーがあるんですね」

宇多丸「森田さんは、当たり前ですけど画面に映っているもの、聞こえているものへの意識がおろそかじゃない。映画を構成する要素に対する感覚が鋭敏というか。だから何度見ても面白いですね」

山崎「自分もスタッフとして関わっていたのに、何度か見ても怖くなるんですね」

宇多丸「この映画のリズムは、エンドロールの出方まで含めて見事です」