【シナリオ制作について (2)】
『黒い家』(1999)でボーリングが物語のキーとなるのは映画オリジナル。森田芳光監督のアイディアだったという。
大森「第1稿は原作通り京都。だけどどこでもいいように標準語で書いてくれと言われていました。その後で金沢にしたいということで、助監督と制作さんと監督とシナハンに行って。京都は暑いからやだということで(笑)」
宇多丸「金沢はもっと暑かったらしいですが(笑)。ただ京都ではなくて一般の地方都市の感じがほしかったということですかね。京都は喋り方もそうですけど、日本人にはいろんな意味が出てきちゃうのでそこを避けられたのかな」
大森「原作は和歌山の毒入り事件を予見したと言われる作品で、特に京都にこだわる必要はなかったですね。金沢でもどこでも起こりうる話。
シナハンで連れていたのはガスタンク。金沢まで来てこういう景色がほしいのかと。シナハンは愉しいんですよ。ロケハンと違って何か決めなきゃいけないわけでもないので観光気分で、ボーリングをしてみたり。ただ遊んでるのかと思ったら、それもシナハンだったと。後でボーリングのシーンを入れてくれということに。
スプラッター的な見せ方はしたくないと監督は言ってましたように思います。包丁を持ってひたひた歩いてくるだけで恐怖を描くというか」
宇多丸「殺す場面はないですね。格闘はありますけど、被害者に直接何かしている場面はほとんどない。
普通の家の中でまがまがしいことが起きているということと、度を越していてちょっとコメディ的な要素もあって、鉄の扉も出てきますし、映画ファンとしてはどうしても『悪魔のいけにえ』(1974)かなと」
大森「森田さんの中にも意識があったのかもしれません」
原作の展開の意外性を、映画では排除している。
大森「台本をつくっている間は、宇多丸さんが言うダークコメディ的になるとはぼくも思ってなかった。脚本は至って普通です。ぼくが驚いたのは菰田幸子の登場シーンで、ぼくのこだわりとしては異常者だと判っちゃいけないと思ってたんです。旦那に支配されてて、旦那のほうがサイコパスっていう主人公の心理に沿ったストーリーラインを考えて、リアルサスペンスからホラーになだれ込むというのを死守すると。ただラッシュで見たらふてぶてしいようなテーマ曲が流れて幸子が電話していて、ああこれはどう見ても犯人じゃないか…(一同笑)。旦那に支配されて怯えている主婦として最初は出てくるはずが」
宇多丸「真っ黄色な服着てるし。同じ原作で韓国で映画化されましたけど(『黒い家』〈2007〉)当然そっちでは序盤はか細げな女性です」
大森「きのう、打ち合わせで使った原作本を見直したんですが「夫から妻の流れ、明白に」って書いてある。森田さんも最初は(自分と同じように)そこにこだわってた」
宇多丸「「心がない」って言ったところでドリーズームになったりして、そういう演出もしてますね。大竹(大竹しのぶ)さんが怖すぎたのかな(一同笑)」
大森「森田さんの中で、どっかで変わっていったんですね。西村(西村まさ彦)さんの旦那役も、最初のイメージキャストでは全く違う人でした。完全にこわもての人。それが西村さんになった時点で、どう考えても旦那のほうがおびえてますよね」
宇多丸「とはいえあの夫婦は混然一体の共犯感もありますね。サプライズだけを押すのも」
大森「そうですね。ぼくはラッシュで見てびっくりしてしまってショックを受けたんですが。数年して見直したら、主人公の若槻(内野聖陽)はマニュアル的にとらわれていて、そういうふうに思い込みで人を判断するのも怖いこと。森田さんはそれを狙ってたのかなと。主人公の心理に沿って幸子を見せる必要はなかったと気づいたんです」
宇多丸「あの主人公は(観客が)共感するタイプの主人公じゃないですよね。見てる側はこいつバカだなと。田中美里さんの恋人も、主人公の思い込みに警鐘を鳴らすわけですね」
大森「主人公もサイコパス的な要素を持っている。たかをくくって、深みにはまっていく。そして思い込みの罪深さを知るっていくという主人公の成長物語になっている。何故ぼくはそれに気づかなかったのかと」
宇多丸「いやいや、もとの脚本にあったものを発展させたわけですから。
きょう見ていて、最初のほうに保険会社で「死者が多いね」「火事ですよ」みたいな会話があって、こいつらだって死体をお金に換算してて同じじゃんみたいな感じがしたんです。あの台詞も、もともとあったものですか」
大森「そうですね。保険会社では異常な事件がすぐ起きやすいという点描ですね。そこで菰田幸子が近づいてくるという意味だったんですが、宇多丸さんの言うように死を死と思わないようなサイコパス的要素を保険会社も持っているというのも怖いですね」
宇多丸「世界全体が気味悪く感じます。彼女を退治したから解決というわけではない。びっくりしますよね。この話をこんなふうに撮るというのはどうかしてます」
クライマックスでは乱闘になる。
大森「監督は「幸子は人を殺すときだけ欲情するんだ」と言ってました。思わずキスして、若槻も溺れそうになるんだと。もうちょっと湿ったラブシーン的な感じを想像してたんですが、まさか「乳しゃぶれ」になってるとは(一同笑)」(つづく)