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木之元亮 トークショー(作家主義 相米慎二)レポート・『魚影の群れ』『ラブホテル』『雪の断章 情熱』『風花』(2)

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【その他の相米慎二作品の想い出】

木之元「ぼくと農(寺田農)さんは多いですね。声のかけ方が面白くて「来ない?」「来いよ」とかそんな感じなんですね。台本見たらワンシーン。役名ないんです。

 相米組のスタッフも、新しいものに挑戦できるという面白さがありまして、相米組が入るよっていう噂があるとスタッフもアルバイトしながら待ってたとかおっしゃってました。そういうスタッフがたくさんいましたね」

 

 『魚影の群れ』(1983)は緒形拳夏目雅子佐藤浩市、十朱幸代らによる漁師たちのドラマ。

 

木之元「台本もらいましたら漁師Aでした。佐藤浩市ちゃんが岸壁で父親を心配して待っている。そのそばで停留している漁船で仕事をしている漁師がぼくで、ぼくの台詞からシーンが始まるんです。青森の大間に入ったら相米さんが「ロッキー、今回のテーマは浩市を困らせること。いいな?」。あまり理解してないけど、ああって返事しました。それで、すぐに台詞を言わなければいいんだと思って、漁船の上で仕事を始めたんです。ぼくも漁師だから(高校卒業後に漁師をしていた)仕事を見つけることができるんですね。イカ切りの船で腐ったイカが散らばってて、指にイカを引っかけて陸に降りて台詞を言い始めた。それまで浩市ちゃんは、何やってんだと思ったでしょう。

 ぼくはそのシーンのために1週間いましたから、緒形拳さんとかと毎日お酒飲んでました。夏目雅子さんが「相米さんってどういう人?」って訊くんですね。つかめなかったみたいで。それで「田舎の普通の人ですよ」と(一同笑)。

 俳優は台本を読み込んで演技プランをつくるんだけど、その手前でぽーんとやってみる、動いてみるという、相米さんはそういう人なんですね。そういうところを、夏目雅子ちゃんはまだ悩んでたんですね」 

 『ラブホテル』(1985)では『ションベン・ライダー』(1983)につづいてやくざ役。序盤で女性(志水季里子)をレイプする。

 

木之元「ぼくは刑事役ずっとやってましたから、それがやくざ役でましてや暴力的なシーンでしょ。まさかと思いましたけど、キャスティングされた以上、俳優はできませんとは言えませんから。何故ぼくなんだろうって考えましたけど、監督と勝負だという気持ちで。ぼく(の出番)はそこで終わるけれども、そこから映画は始まるから、布石になってくれればいいなという思いでやりました。

 あの部屋にいた子分は、当時のぼくのマネージャーなんです(笑)。相米さんが「背広着てあそこにすわってりゃいいから」って」 

 北海道が舞台の『雪の断章 情熱』(1985)では謎のピエロ役。映画が転調する重要なシーンなので、やはり木之元氏が指名されたのではないかと金原由佳氏は指摘する。

 

木之元「また突然電話かかってきて「来いよ」。札幌郊外の撮影で役も知らないで行ったんです。「靴履くとでかくなるからな、気をつけろよ」と言われて、気をつけろよって(一同笑)。斉藤由貴さんが線路をひとりで歩く後ろにでっかいピエロがついてくるんですが、あれぼくなんです。ただプロのピエロとかスタントマンにはやらせたくなかったみたいなんですね。不器用でもお前でいいと。複雑な気持ちだったけど、嬉しかったですね。ぼくにとっては記念すべきシーンで、印象に残っていますね」 

 また北海道で撮られた『風花』(2001)は相米監督の遺作となった。

 

木之元「『風花』は居酒屋の客Aです。北海道行ったら、焼肉屋の客だと。浅野(浅野忠信)さんとキョンキョン小泉今日子)が話してて、突然カウンターにいた客Aが立ち上がって浅野くんをぶん殴る。それだけなんですけど、監督が「ロッキー、黙ってやるのもおかしいから、自分で台詞考えて言いながらやれよ」。突然、現場でそんなこと言われたって。でも殴ってなんか言って帰ったら後日、日活の編集室から電話があったんですね。ぼくがぐちゃぐちゃに言ったことが整理されていて、これをアフレコで入れてくれと。ちゃんと使ってくれて、嬉しかったですね。「おめえらキャバクラ行きやがって、おれだって行きてえんだ」「北海道をバカにすんな」とか(笑)。

 その作品が最後のお仕事になったですね。惜しいなと、亡くなって改めて思いました」 

 相米監督のもとにあった『魚影の群れ』の台本には、木之元氏の舞台『K2』(1984)のチラシが入っていたという。

 

木之元「さっき聞きまして、サンシャイン劇場で四苦八苦しながらやった芝居ですが少しは気にかけてくれていたのかなと。涙出るくらいで、帰ったら女房に話そうと思います」

 

 最後にメッセージ。

 

木之元「現場は一回一回違うんです。自分のらくなところで芝居をしてるんじゃダメだと相米さんは言ってくれてました。チャレンジして自分を壊してみる。相米さんは、おれはこういう芝居しかしないよって人は好みじゃなかったみたいです。

 常に自分をさがしてチャレンジする、新しいものを発見するということを、俳優だけでなくスタッフに対しても相米さんは求めてましたね」