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池端俊策 トークショー レポート・『夏目漱石の妻』『翔ぶ男』(2)

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【『夏目漱石の妻』(2)】

池端「それで妻の一家が没落して、舘ひろしさんの父が借金に来る。保証人になってくれと言うけど、奥さんは追い返す。まだ夫婦はぎくしゃくしていて、奥さんは亭主が病気だからがまんして、子どもと居座ろうとしている。夫が珍しく正気になって、奥さんの弟が来たときにお金をやる」

 

 『夏目漱石の妻』(2016)では、出て行けと言われても出て行かない鏡子(尾野真千子)に漱石長谷川博己)が「そんなにこのうちがいいのか」と問うと、鏡子は「あなたはどうですか」と返す。漱石の小説には、質問には答えないで「きみはどう思う?」と逆質問することが多いので、池端氏はそれを使ったという。

 

池端「自分の気持ちに正直になれない。だから鏡子に言わせようとする」

 

 3話の、漱石の養父(竹中直人)が金の無心に来て鏡子と雨の中で応酬する場面が上映された。帰宅した鏡子に漱石は「残念だがおれはきみほど強くない」と言い、ずぶぬれの鏡子はひとり笑む。

 

池端「尾野さんの微笑って、「これは私、勝った」って微笑なのか、戦いはまだつづくというあきらめを含んだ笑顔か、微妙ですが。書いた脚本家としては、居座るぞって宣言をした微笑だと思うんです。女性って強いなと。開き直ってる強さです。

 漱石は翔べない男で、『道草』にあるんですが、妻というのは、夫は立派な男だと思っているものだと。頭では、人間は平等で自由というのは判ってるんですが。妻に対するいらだたしさは、自分と同等に喋っている妻へのいらだちがある。江戸時代から40年くらいしか経ってない。40年なんてあっという間で、身分的、儒教的な呪縛があって、妻はこうあるべきというのから逃れられない。親戚を背負っていくという思いもあって、しょうがないから面倒を見るという家父長制の感覚がある。しかし妻は翔んでで、親戚もスパッと切ってしまう」

 

 台本も公開された。台詞に「…。」の部分がある。

 

池端「役者さん、演じてくださいという投げ出し方をぼくはしてるんですね。

 この人との戦いはまだつづくという。お互いにとって家は何だろうって確認する戦い。4話で総決算しますが、笑うというのは尾野さんの面白い解釈。何とも言えずいいんですね。夫に突き放されたけれど、最後に苦笑いする。実にうまい表現ですね。

 4話では漱石が吐血して、鏡子は返り血を浴びる。演出の柴田(柴田岳志)さんも素晴らしかったですけど、言わば相手を斬って自分も血を浴びる。その覚悟を持って、漱石とつきあってる。

 鏡子さんがお孫さんに喋ったのでは、いろんな男を見てきたけどやっぱり夏目がいちばんいい男だわって。お見合いの写真を見て決めて、好きだったんですね。だから我慢できた。それが4話の尾野さんから見える。「私を好きになって」と言ってます」  

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(1)「夢みる夫婦」

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【『翔ぶ男』(1)】

 池端氏はビートたけし主演『昭和四十三年 大久保清の犯罪』(1983)など犯罪ドラマも手がけている。

 『翔ぶ男』(1998)は初老の刑事(緒形拳)がメインの悲劇的な物語。

 

池端「私は緒形拳さんの作品を随分書きまして、大好きな俳優さんで。

 『翔ぶ男』は、緒形さんがいちばんいいころに撮った作品です。緒形さんは刑事役で、副指揮者をやって指揮者になろうとする青年が高橋克典さんで、出世するためにスポンサーの娘さんと結婚しようとして、いままでのガールフレンドが邪魔で殺しちゃう。緒形さんの刑事は、奥さんが自殺して、子どもとうまくいかなくて、現代の病を背負ってる。緒形は翔べない男で、翔びたいと思ってる。皮肉な題で。副指揮者も翔びたい一心で、殺人を犯した。

 緒形さんは、いまは刑事になって暮らしてるけど、奥さんを喪ってから夜は飲んだくれて、朝はガード下で目が覚める情けない人。定年退職直前で、犯人の目星をつけて近づいていく。犯人の高橋さんのお姉さんが石田えりさん。一生懸命、弟を育ててきて。そのアパートを緒形さんが訪ねるシーンです(シーンが上映される)」

 

 『翔ぶ男』の台本では、シーンの最後に主人公が笑うが、上映された映像では中途で笑っている。

 

池端「緒形さんは台本にほんとに忠実で、ト書き通りおやりになる方ですが、ここだけご自分のお考えがあって表情を変えられる。脚本を書いた者としては、そこで微笑するかと。台詞の意味が深くなる。自嘲を込めている気がする、苦い笑いですね。

 微笑がこんなに活きる役者さんはすごい。緒形さんしかり、尾野さんしかり。いいところで笑うので」(つづく