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押井守 × 石川浩司 トークショー(つげ義春「ねじ式」展)レポート(5)

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【つげ作品の夢 (2)】

押井シュールレアリズムはそうで、何でもすごいイメージになるわけではない。こーもり傘も偶然ではなくて、優れた作家のプリコラージュですよ。ロジックの果てに出てくるのがロジックでない何か」

石川「漫才でもぼけようと思ったら、基本的な常識が判ってないといけないですね」

押井「不条理は映画向きではなくて、不条理劇の映画化だったらできるけど、不条理な感覚とは別のものですよ。不条理とは人間が現実に対して抱く齟齬みたいなもので、日常について回る齟齬感。生まれるのや死ぬのが判らないのと同じで、人間の能力を超えてる。それを作品にするのなんて、どんな天才をもってしても不可能ですよ」

石川「つげ作品はシュールのバリエーションが多いと思うんですね。コミカルなタッチもあれば劇画調のシュールもあるし、影絵みたいにしたり」

押井「画力もあると思う。生原稿のペンタッチは、雑誌で印刷された絵とは比べ物にならない。インクがにじんじゃって、線の力の半分も出ていない。全集は、いい紙で出してほしいですね」

石川「つげ作品にはひとコマだけで絵として完成されている、というのが多いですね」

押井「いろんな表現を見てる人だと思いますよ。コマごとに絵として成立してる。ぼーっとした冴えない中年男であるはずがない。終生マンガという表現から離れてないんだから」 

つげ義春の人間像】

 この前月(2019年10月)に撮影された、つげ義春氏の姿が映った動画も上映された。

 

押井「やっぱ怖い人だなと。先ほどの動画を見て、こういう老年を迎えたんだという。穏やかそうな顔をされてて、タバコの吸い方とか落ち着かない目とかは作品のままだけど。こういう仕事をされた人が、老年になった穏やかな顔をしているというのは、ぼくはほっとしたというか。もっと荒んでいるとつらいなと思ってて、病気とかいろいろあったんだろうけど。枯れた感じでなく穏やかさを感じたので嬉しかったですね」

石川「直接お話したことはないけど、至近距離で見たことがあって。竹中直人さんが『無能の人』(1991)を映画化したことがあって、ぼくも本に文章を寄稿した関係で、紀伊国屋ホールで打ち上げがあったんですね。ぼくの横につげ先生と水木しげる先生がいて、あんまり見られなかったんですが。全員で乾杯したんですけど、つげ先生だけがビールを持たずに、別に抵抗しているふうでもなく無表情ですわっていて、自然体って言うか。ぼーっとしてるのでもなく、たったひとりつげさんだけが観客席にいて他の人は何かを演じてるかのように。不思議な感覚を覚えました」

押井「表現する仕事で、いちばんつらいのはマンガ家だと思う。全部ひとりで抱えるんだから。アシスタントがいたってひとりで描いてる感覚は変わらない。さいとうたかをみたいに顔しか描かない人もいるけど。ぼくが仕事でおつき合いしたのは10人以上いるけど、とにかくこんなしんどい仕事よくやるなっていうさ。映画監督はほんとにらくだと思った。責任取らないし。映画は、誰がつくってるかよく判らないところがあるんですよ。役者さんやアニメーターやプロデューサーやたくさんの人が寄ってたかってつくってるんで、実態が判らない。でもマンガ家は逃げ道がなくて、全部ひとりで背負う。わけてもこういう仕事をしたつげ義春がどういう老年を迎えるのか、興味があった。動画を見て、ああ、こういう老年だったんだ。あの顔を見ただけで来た甲斐があったかな。

 ぼくにとっては同時代の作家なんですよ。寺山修司も死んじゃったし、唐十郎も何もできない状態だし、映画監督もみんな死んじゃって。ぼくが若いときに見ていて生き残ってる人って、ほとんどいないです。歳とるってそういうことなんですよ。つげさんがご健在で穏やかな顔をされていることが嬉しかった」

石川「つげ先生は最後の作品が49か50くらいですから、ぼくそれより年上だと。そんな若くして熟成したものを出されてたんですね」

押井「自分がつくったものは一生背負う。つげさんは50くらいで一生分描いてますね。こういうマンガ家はもう出ないですよ。これだけの質量のあるものを描いたのがすごい。つげさんに恩返しがしたくて、それは語っていくということ。つげさんの作品は、ぼくが死んだ後も残されるだろうし語られると思う。ぼくがつくった映画は残るか怪しいものだけど。孫子の代まで残るものなんて、そうはないですよ。マンガが芸術でもない何ものかになり得た、稀有な例ですね」

 

 展示スペースでは「ねじ式」の原画が展示された。筆者を含むみなが群がって原画に見入るのは、不思議で珍なる眺めだった。 

 

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